陶芸家 大樋年雄ブログ 

  Ceramic Artist Toshio Ohi Blog

INDEX

・2009.12.31   平成21年大晦日/The Last Day of the 2009
・2009.12.17   エジプト•カイロ/EGYPT•CAIRO
・2009.12.15   中国•北京/CHINA•BEIJING
・2009.12.12   "TED × SEEDS in Japan" 会議/"TED × SEEDS in Japan" Conference
・2009.12.07   茶道セミナー/Seminar for the way of tea
・2009.12.05   東京銀座•九つの音色展/Harmony by Nine Exhibition in Tokyo
・2009.12.03   金沢大学留学生/International Students Kanazawa University
・2009.12.02   第5回金沢創造都市会議/KANAZAWA ROUND

・2009.11.29   玉川学園第26回石川支部同窓会 /Tamagawa institution Ishikawa alumni association
・2009.11.28   毎田仁嗣君披露宴/Maida Hitoshi Wedding
・2009.11.24   Allan Palmer氏来宅/Allan Palmer visits Kanazawa Ohi museum
・2009.11.20-23 九つの音色展 福岡はせがわミュージアム/Nine Harmony Exhibition at Fukuoka Hasegawa Museum
・2009.11.20   第41回日展受賞式/The 41st Nitten Award Ceremony
・2009.11.18   劇団スイセイ•ミュージカル/Musical Group Suisei
・2009.11.13-15 大樋茶会/OHI Tea Ceremony
・2009.11.14   豊田商工会議所視察団/Group of Toyota City Chamber of Commerce
・2009.11.07   友人 河内誠夫妻の長男の披露宴/wedding party for my friends’ son at Kyoto
・2009.11.06   喜食満面晩餐会/Dinner Party at Kyoto
・2009.11.04   第91回草月いけばな展新人賞審査/Judge for the 91st Sogetsu Flower Arrengement Exhibition
・2009.11.03   日展にて解説/Nitten Gallery Talk

・2009.10.30   ボストン会 於 ペニンシュラホテル/Boston Fellowas at Tokyo Penuyunsula Hotel
・2009.10.30   第41回日展会員賞受賞/received the 41st Nitten Member prize
・2009.10.28   第1回ICT金沢交流サロン/The 1st ICT Kanazawa Exchange Salone
・2009.10.27   三枝成彰、辰巳琢郎のおしゃべり音楽館/Classic Music Concert
・2009.10.26   能登ワインナリー•能登演劇堂/Noto Wine and Noto Drama Theatre
・2009.10.24   高岡市金屋町楽市/Crafts Open Market in Takaoka Toyama
・2009.10.23   高崎高島屋での個展/Takasaki Takashimaya Exhibition
・2009.10.21   日本商工会議所会頭 岡村 正氏来宅/Mr Okamura Tadashi visited
・2009.10.17   金沢クラフトツーリズム/Kanazawa Crafts Tourism
・2009.10.16   金沢未来風流/Kanazawa Future Elegance
・2009.10.15   金沢世界工芸都市会議/The 5th Kanazawa World Craft City Conference
・2009.10.13   中田英寿氏の金沢視察/former Soccer Team Japan Mr Nakata Hidetoshi visits
・2009.10.13   金沢の工芸の現在/Present of kanazawa Crafts
・2009.10.10-11 金沢市による大樋茶会/Ohi Tea Ceremony hosetd by city of Kanazawa
・2009.10.08   台風の目/the eye of a typhoon
・2009.10.05   藤原正彦 氏(国家の品格 著者)来宅/Dr Fujiwara Masahiko visited
・2009.10.01   岩城滉一さんハーレーで来宅/Actor Iwaki Kouichi visits me by Harley Davidson

・2009.09.26   日本伝統工芸展 於日本橋三越/Japan Traditional Crafts Exhibition,Tokyo Mitsukoshi
・2009.09.24   西本智実さん金沢でコンサート/NISHIMOTO TOMOMI in Kanazawa
・2009.09.22   高岡大和個展/Takaoka Daiwa Exhibition
・2009.09.13   セントペテルスブルグ ロシア/St.Petersburug Russia
・2009.09.09   タリン エストニア/Tallinn Estonia
・2009.09.07   フィンランド ヘルシンキ/Helsinki Finland
・2009.09.04   かすみ草の会/the Group of Kasumisounokai visited me in Kanazawa
・2009.09.01   日本が変わる日/Change the World of Japan

・2009.08.28   徳田八十吉先生死去/Funeral of Living National treasure Tokuda Yasokichi
・2009.08.22   国際協会 つどいの夕べ/the United Nations Japanese Association
・2009.08.20   千住真理子さんのリサイタル/Recital of Violinist Senjyu Mariko
・2009.08.08   中国より/from CHINA
・2009.08.01   豊田市文化フォーラムにて講演/Lecture at Toyota City Culture Forum

・2009.07.31   アジア太平洋環境開発フォーラムRECEPTION総合プロデュース/Producer of ASIAN PACIFIC FORUM
・2009.07.15   MRI検査/The MRI inspection was undergone in the hospital.
・2009.07.12   織作峰子写真展/MINEKO ORISAKU DIMENTIONS
・2009.07.10   金沢東ロータリークラブの交換留学生/Exchange student of Kanazawa east RC

・2009.06.30   サマースクール学生の訪問/Visit of student of summer school
・2009.06.28   中川氏夫妻から茶事に招かれて/invited to the Tea Ceremony
・2009.06.27   名古屋まで一人車で/To Nagoya by my new car
・2009.06.22   坂東三津五郎丈紫綬褒章受賞を祝う会/kabuki actor Bandou Mitsugorou award celebration.
・2009.06.21   裏千家周防支部での講演会
・2009.06.20   岩国での講演会
・2009.06.19   岩国錦帯橋にて
・2009.06.17   雑誌「和楽」取材
・2009.06.16   イリノイ大学郡司教授の表敬
・2009.06.12   金沢大学客員教授称号授与
・2009.06.11   (財)国際茶道文化協会茶会 於 東京ニューオータニホテル
・2009.06.08   51歳となった日
・2009.06.07   韓国全州市長 宋河珍市長 大樋美術館表敬
・2009.06.06   浅野太鼓創業400年記念祝賀会 於 白山市グランドホテル松任
・2009.06.04   北の湖部屋訪問
・2009.06.03   黛まどか氏との百夜句会
・2009.06.03   社団法人 現代工芸美術家協会評議員就任

・2009.05.31   大阪髙島屋個展再び
・2009.05.28   三谷研究開発支援財団選考委員会
・2009.05.28   第15回記念 現代工芸金沢「円」会展開幕 於 金沢香林坊大和
・2009.05.27   大阪髙島屋個展
・2009.05.27   大阪北ロータリークラブ例会に招かれて
・2009.05.23   小林啓文先生夫妻の茶事 於 東京吉兆
・2009.05.20   横山氏が語る加賀の歴史
・2009.05.06   JR名古屋髙島屋個展

・2009.04.26   「近代日本美術の精華-東京芸大美術館コレクションを中心に-」石川県立美術館
・2009.04.18   辰巳邸「薔薇の会」に招かれて
・2009.04.17   「日本を語るワインの会」に招かれて
・2009.04.16   東京・益田屋創業80周年記念個展 4月16日(木)ー28日(火)
・2009.04.14   名古屋髙島屋外商説明会
・2009.04.12   裏千家 櫻井宗養先生十年祭茶会
・2009.04.11   草月「家元講習会2009・春」での講演
・2009.04.10   稲越功一さんを忍ぶ会
・2009.04.09   陶冶斎拝命記念 十代大樋長左衛門展

・2009.03.26-29 日本の心展 於 国際文化会館(東京六本木)
・2009.03.28   六本木アートナイト
・2009.03.27   木村ふみさんの出版記念会
・2009.03.26   第48回日本現代工芸美術展開幕
・2009.03.25   日展新会員就任
・2009.03.19   北京から日本への空の上で
・2009.03.18   中国北京訪問 故宮博物館/中央美術学院講演
・2009.03.17   中国北京訪問 中央美術学院
・2009.03.16   中国北京訪問 清華大学
・2009.03.15   中国北京訪問
・2009.03.14   ミシュラン観光版(ギード・ベール)日本編に大樋美術館が一つ星に選定される
・2009.03.13   中里蓬庵先生死去
・2009.03.11   大分 ブンゴヤ薬局創立50周年記念祝賀会
・2009.03.08   山野之義氏 第104代金沢市議会副議長就任祝賀会
・2009.03.06   第65回金沢市工芸展

・2009.02.28   2月最後の日
・2009.02.28   広島天満屋(八丁掘展)個展
・2009.02.25   韓国工芸の旅
・2009.02.23   台湾国立故宮博物館表敬訪問
・2009.02.19   台湾台南藝術大学表敬訪問
・2009.02.16   裏千家淡交会金沢青年部総会
・2009.02.08   岡山から帰路金沢までに思ったこと
・2009.02.05   岡山天満屋個展
・2009.02.04   金沢から岡山に向う出来事
・2009.02.02   故 伊住政和氏の七回忌

・2009.01.31   KANAZAWA eAT’09
・2009.01.30   裏千家青年部北陸信越ブロック慰労会
・2009.01.29   妹 由美の3回忌
・2009.01.25   弟の金沢での初稽古式
・2009.01.24   左足じん帯損傷
・2009.01.18   裏千家東京道場初釜式
・2009.01.14   塩月弥栄子先生の稽古はじめ
・2009.01.12   第21回石川県民陶芸展審査
・2009.01.10   裏千家宗家 櫻井宗幸先生の初釜
・2009.01.06   金沢大学留学生センター研修PROGRAM
・2009.01.01   平成21年の誓い

2009(平成21年)

■平成21年大晦日/The Last Day of the 2009

2009.12.31



 
 雪の金沢、まるで白黒写真のようだ。卯辰山から
 It is snowing in Kanazawa. It looks like black and white photo


 
 ここが2度にわたりスキーと自転車で落ちた側溝(卯辰山)
 Street gutter. I fell down twice in skiing and bicycle when I was child.(Utatsuyama Mountain)


 今、金沢は雪が降っている。
 目にしたひとかけらの雪
 天からの手紙?送ってくれた人は誰だろう?
 そんな気持で大晦日の午後、卯辰山に行ってみた
 そこには金沢が一望できる秘密の場所がある。
 しかし、強風と雪で何も見えなかった。
 帰る途中、登るバスとすれ違った。
 子供の頃、同じ場所で側溝に2度落ちた事がある。
 スキーで車道を滑り降りた時、
 買ってもらったばかりの自転車で駆け下りた時、

 スキーは折れ、自転車の車輪は曲がってしまった。
 いずれも買ってくれた両親の顔を思い出し
 そして、申し訳ない気持でいっぱいになった。
 泣いて謝ったのだが、両親は体を心配してくれた
 あれから40数年が過ぎたが、
 心配する二人に恩返しをしていない。
 来年は必ず。

 It is snowing in Kanazawa now.
 I saw a just one snow flake
 Letter from heaven? Who is the person who sent it?
 Today,the afternoon of the New Year's Eve.
 I share the such a feelings with me and went to Utatsuyama Mauntain in Kanazawa.
 There is a secret place that I can see Panorama Kanazawa
 However, anything was not seen because of the strong wind and the snow.
 On the way in returned, it passed each other with the climbed bus.
 It has fallen twice in the street gutter in the same place in childhood.
 When I was downhill skiing on the roadway
 when I run by brand new bicycle on the roadway with high speed
 Ski board was broken and the bicycle wheel is curved.
 It was remind me of my parents face and I apologized.
 My parents are not angry and were worry about my body was injuried.
 It is over 40 years ago.
 I am not returning anything to my parents yet.
 Maybe next year! I tray!

***********************************************************

■エジプト•カイロ/EGYPT•CAIRO

2009.12.17



 
 日が暮れ行くカイロ。
 エジプトは今年は12月18日がイスラム暦での正月となるため大晦日なのだ。
 Cairo Sun Set. It was New Years Eve for Egyptian Islam 2010 calendar.


 
 オールドカイロ•フスタートにある陶器センター。
 右から3人目が今回招いてくれたモハメッド•アラム 前エジプト駐中国大使
 Mahmound Allam Past Ambassador of Egyptian Chinese Embassy(3rd right) invited us to
 Egypt at ceramic center in il-Fustart Old Cairo


 
 夕食会を催してくれた圓瑞祥氏とマホメッド•アラム前エジプト駐中国大使。
 イスラム歴の大晦日にナイル川をクルーズした。
 It was dinner for Islam New Years Eve with Mr Yen Jui Hsiang and Mahmound Allam Past Ambassador
 of Egyptian Chinese Embassy.


  3年前に北京中央美術学院で私が行った公開制作と講演にXYZギャラリーオーナー•成國琴氏と詩人•范学宣氏が訪れてくれたことが
 二人との出会いの始まりなのだが、その詩人が私の作品に詩を書いてくれたことで交流が始まった。
 今夏、ギャラリーの企画で共に訪れた雲南省•麗江でのプロジェクトでは、范学宣氏の描いた詩が歌詞となり有名歌手が歌っている。
 そのCDアルバムには私の撮影した写真も使われている。
 そして私は、その時登った「玉龍雪山」からの印象が「琥珀雪山」AMBER MOUNTAINとういう作品となって日展での
 「会員賞」受賞につながった。
 当然、その作品には詩が伴っている。ギャラリーは総合的な企画のなかで出版や展覧会を企画してくれている。

  Mahmound Allam 前エジプト駐中国大使が北京に赴任中の今秋、ギャラリーに立寄った。
 その際に作品をご覧になり、我々三人の出会いと活動に感動された。
 そして今回のエジプトへの招待を受けることになった。

  17日00:30、北京空港からカイロ空港に飛び立つ。
 北京空港は24時間発着するまさしく巨大なハブ空港だ。
 エジプト航空(注、恐ろしく不潔な機内と最悪のサービス)で11時間の飛行で時差があり到着は朝5時過ぎに到着。
 そしてホテルに到着。
 遺跡を訪ね、5千年の古きを知り、作品化していく。
 カイロでの滞在が始まった。

***********************************************************

■中国•北京/CHINA•BEIJING

2009.12.15



 
 会食を共にさせていただいた日本国駐中国大使館•甲木浩太郎•麻美ご夫妻。
 XYZギャラリーオーナー成國琴氏、詩人•范学宣氏。
 That dinner was worthwhile and beneficial conversation with Mr Katsuki Kotaro
 (first secretary of Japanese Embassy) and Mrs Katsuki(jewelry designer),
 XYZ Gallery Cheng Guoqin and woman poet Fan Xueyi


  小松を朝8時に出て、羽田経由で北京に13時30分に到着、快晴だが零下5度。
 しかし、効率の良い乗り継ぎだ。前原国交相大臣が主張されているように、
 羽田のハブ空港化は地方に住む私にはとても利便性がある気がする。

  私がデザイン契約している北京798芸術区にあるXYZギャラリーからの依頼で、
 詩人•范学宣氏と共にエジプトへ訪問するために立ち寄った。
 17日未明に北京空港を出発してエジプト•カイロへ向かうための慌ただしい北京滞在なのだが、
 その間にギャラリーでのデザインプロジェクトや展覧会企画などの話し合いを行うこともできた。

  夜は日本大使館勤務中の友人•甲木浩太郎、麻美夫妻と会食させて頂いた。
 また、先般のTEDSx Seedsで知り合ったNTT中国総代表•猪瀬崇氏ともお会いすることもできた。
 中国はすでに大国であり、これからどのように世界をリードしていくか注視されているが、
 そのような刺激的な国で活躍する若き外交官夫妻と、日本を代表する企業の代表者との会話はとても刺激的だった。
 1980年代、私が留学した米国は世界のリーダーであり、ニューヨークやボストンで出会った日本の外交官、
 企業家の方々には独特の誇りと自信があった気がする。そのマインドと類似するものを彼らから感じとった。

  米国、日本、EU皆が不況と喘いだニュースばかりだが、北京では新車販売数が落ち込みを見せていない。
 また、北京798芸術区でのアートマーケットも好調が持続されている。
 近年、北京に滞在することと、東京やニューヨークでの滞在とさほど違和感なく感じるのは私だけなのだろうか?
 もちろん、都市と地方の格差は別次元のことではあるが、、、、、

***********************************************************

■TED × SEEDS in Japan 会議/TEDS × SEEDS in Japan Conference

2009.12.12



 
 プラダやカルチェが立ち並ぶ東京青山にある能楽堂•銕仙会能楽研修所で音楽とCGだけの茶碗制作を行った。
 I performed tea bowl make at Noh Theatre Stage (located center of Tokyo Aoyama) for TED x Seeds in Japan.


 
 TED × SEEDS in Japan会議の参加者。皆がクリエイティブな若者でもあった
 I took photo for audience from Noh stage. All participant are very creative people also.


 
 私が最も感動した石黒浩氏のtalk。彼はロボット学者で「アンドロイドサイエンス」を研究している
 Dr Ishiguro Masaru are scientist and creator for Robot Science. He create his own Andro Robot.

 参考:http://tedxseeds.org/speakers/


 TEDx=「Ideas Worth Spreading」
 x=independently organized TED event

  卓越したアイデアの価値観を共有し、毎年開催されるTED会議は世界各地で独自に開催されている。
 講演、音楽、TEDtalksビデオの上映を含み、新たななつながり、熱い議論を生み出すことを目的としている。
 米国ですでに25年にわたり開かれているが、日本では今回が初めての開催となった。

  場所は東京青山•銕仙会能楽研修所。プラダやカルチェが立ち並ぶブランド通りだ。
 11:00に始まったtalkは19:00まで続いた。
 「再定義」「情熱波動」「創造の涯」とセッションに分かれた会議に多くのパネラーが登場したのだが、
 私は「再定義」というセッションで、能楽堂の舞台で音楽とCGだけの茶碗制作を行った。
 創造とは「無」「影」などから生まれることを「言葉」なく語りたかった。照明を落とした暗闇で試みた瞬間は、
 自らが舞台にいることの意味を感じることもできた。
 参加したパネラーの講演をすべて聞いたのだが、実に価値あるアイデアを共有することができたと思う。

  私が参加して印象的だったのは「創造の涯」で登場した石黒浩氏の講演だった。
 彼はロボット学者で「アンドロイドサイエンス」を研究している。
 まったく自分と同じ動きをするロボットを創りだしたことで、医学、
 人間の知性などを学んでいる独自の哲学がとても興味深いものであった。

 夜はSEEDS ART NIGHTとして青山のBARでパネラーと参加者との交流会も開かれた。

***********************************************************

■茶道セミナー/Seminar for the way of tea

2009.12.07



 
 茶道セミナー•京都池坊学園での聴講者のみなさん。講演終了後に撮影したのは、いつもの私です
 [Seminar for the way of Tea at Kyoto Ikenobou Junior College ]
 I took this audience for my seminar by my camera


 
 講演終了後の夕食会。
 左にセミナー代表、大久保武氏、裏千家青年部近畿第一ブロック副ブロック長•伴戸恒夫氏、ブロック長•岡本政明氏
 After Seminar, Urasenke Seinenbu Kinki Block, Okubo Takeshi, Bando Tuneo,
 Okamoto Masaaki all gathered for dinner.


  茶道セミナーの講師として招かれた。会場は京都•池坊学園。聴講者は135名。


 1年前以上に代表である大久保武氏や伴戸恒夫氏から聞いていたのだが、時の経つのは早いもので、あっと言う間にこの日がやってきた。

 テーマは「陶芸の源流」
  私は茶道は400年以上の歴史をもっているが、さらに昔の「奈良」の都ができる頃の日本人の「心」などを「日本型風水」
  としてとらえながら、神道、仏教から茶道や工芸、陶芸などを考えてみることを説いてみた。
  聴講者の方々には、裏千家青年部全国委員会副委員長•米沢昭博氏や近畿ブロック長•岡本政明氏など裏千家青年部の仲間も
  大勢参加していただき、有り難かった。

  東京から新幹線で京都へ向かったのだが、銀座•九つの音色展での仕事で出発が遅れてしまい、
 ネクタイ姿に着替えられずに登壇してしまうことになってしまった。
 チェーン付きブーツ、ネクタイ無し、それで「茶道」「工芸」「陶芸」の話しではマナー違反だったかもしれないが、
 それも普段の自分でもあり、お許しください!!!

 講演終了後は、関係者の皆様と夕食会があって多いに盛り上がった。

***********************************************************

■東京銀座•九つの音色展/Harmony by Nine Exhibition in Tokyo

2009.12.05



 
 東京•銀座•お仏壇のはせがわ 1F,2F,6Fでのミュージアムで九つの音色「祈りの継承展」が開かれている
 The front view of Hasegawa Museum, It was opened Harmony of Nine Exhibition from December 7-13.


 
 東京•銀座はせがわミュージアムでの九つの音色「祈りの継承展」内覧会。
 奥に長谷川裕一会長、挨拶は長谷川房生社長、右に九つの音色同人
 Harmony by Nine Exhibition at Tokyo Ginza Hasegawa Museum.
 This is the last exhibition for Harmony by Nine. Because we decided it is 10 years activities when we started.
 Every one of our member is shearing with kind of sadness from this exhibition.


  九つの音色「祈りの継承展」が12月7日から13日まで東京•はせがわ銀座本店で開かれる。
 5日、報道関係、特別招待者への内覧会があり、九つの音色メンバーが集結した。

  先月、福岡から東京へと場所を移動しての展覧会で、九つの音色は10年間の活動を休止する。
 当初から10年を共に活動するという時限を約束してものであったからだ。
 いつか、また、皆が一緒になるだろうが、今回が最後となるため皆が胸を熱くしている。

***********************************************************

■金沢大学留学生/International Students Kanazawa University

2009.12.03



 
 金沢大学留学生。12年目を迎えた講義は、茶道体験、茶碗制作、窯炊きを経験する。
 学生は米国、ロシア、EU,アジア、様々な国々から集まってくる。そして出来上がった茶碗を思い出にそれぞれの国々へ帰っていく。
 International Students in Kanazawa University. This is already 12 years after
 I started this program with Prof Okazawa. Students are from U.S.A. Russia, EU countries, Asians.
 They are going back each countries with their tea bowl memories.
 Probably it is over 300 students with their memories from my studio.


  毎年、金沢大学の留学生に講義をしている。
 冬がやってくると始まるこの講座も12年目を迎える。
 茶道体験、茶碗制作、窯、そして出来上がった作品を石川県国際交流会館で展覧会を催す。
 学生は米国、ロシア、EU,アジア、様々な国々から集まってくる。
 今年は39名の学生に教えることになった。

  初回の授業で学生達は、大樋美術館で茶道や工芸のレクチャーと、茶室「芳土庵」にて茶道を体験した。
 年が明けると4回の授業で作品が出来上がる。
 そして、彼らはそれを思い出として、それぞれの国へ帰っていく。
 すでに、300名を超える学生達が世界中で、金沢の私の工房を知っている。

***********************************************************

■第5回金沢創造都市会議/KANAZAWA ROUND

2009.12.02



 
 12月1日、2日とANAクラウンプラザホテル金沢で開かれた金沢創造都市会議。
 私の左に携帯着メロの発案者でもある宮田人司氏(株式会社ドリームランチ クリエイティブディレクター)山出 保 金沢市長、
 金沢経済同友会副代表幹事、福光松太郎氏、米沢寛氏、大内浩氏(芝浦工業大学教授)などの顔ぶれだ。
 2009/12/1-2 Kanazawa Round at Kanazawa ANA CROWNE PLAZA,
 It was held by Kanazawa Association of Corporate Excutives.
 Also Mayor Of Kanazawa Yamade Tamotsu attended for this round meeting.


 
 2009/12/02北國新聞(夕刊)Hokkoku News Paper
 私もも円卓に加えて頂いた。
 I was invited for this 2nd day round meeting also.


  12月1日、2日とANAクラウンプラザホテル金沢で開かれた金沢創造都市会議。
 毎回、町づくりの専門家、クリエイターなどを招いて、金沢の未来を議論する。

  1997年、金沢市工芸協会が中心となって提唱した「金沢世界工芸都市宣言」は金沢市議会満場一致で採択した。
 その際私は、各会派を作家同士で陳情しながら理解を求めるという、珍しい経験をした。
 以後、金沢世界工芸都市会議、金沢世界工芸コンペティシヨンなど様々な工芸運動を展開してきた。

  金沢経済同友会は、「金沢学会」「金沢創造都市会議」を隔年で開催してきており10年の歴史を積み重ねて今日がある。
 その間、金沢を論議するなかで「工芸」「伝統」「現代アート」などがたびたび話題となり、新たな取り組みが試されてきた。

  私見であるが、金沢での行政と経済界の「工芸」あるいは「手づくり」に対する深い理解のもと、
 作家や職人が模索しながらではあるが世界発信しようとしてきた活動、その両輪によって、
 本年、金沢市は国から「歴史都市」ユネスコから「世界創造都市(工芸)」として認定を受けることができたと思っている。
 これは作家や職人ができることではなく、「工芸」にたいする江戸期よりの加賀藩の手厚い保護が手本となり、
 今日まで行政、経済界が一体となって支えてくれた結果としてであり、
 我々はその恩恵に答えていかなければならない責務があると思っている。

  今回の会議でも当然のように話題となったのだが、冒頭に飛田秀一代表幹事が述べられた
 「金沢弁のまちづくり」が町の生命力となるという勅題のようなテーマを示された。
 金沢に行かなければ「見れない」「会えない」「手に入らない」そのようなオリジナルなものを創りださなければならないと
 実感した会議だった。

***********************************************************

■玉川学園同窓会 第26回石川支部総会•懇親会/
 Tamagawa institution alumni association Ishikawa branch general meeting

2009.11.29



 
 玉川学園同窓会 第26回石川支部総会が金沢都ホテルで開かれた。年一度の集まりに能登や南加賀などからも集まった。
 Tamagawa institution alumni association Ishikawa branch general meeting.
 Ishikawa Prefecture is very wide and some people came from Noto which is 2 hours drive.


 
 NHK金沢放送局•片山千恵子アナウンサーとともに。
 彼女は最も注目されている女性アナウンサーで2003年に玉川学園高等部を卒業している。
 NHK Announcer Katayama Chieko is just working at Kanazawa Office.
 She graduated Tamagawa High School (2003)
 She is one of well known announcer in Japan NHK, because she has showed very talent for her activities.


  私は金沢市立兼六中学を卒業して高等部、大学と7年間にわたり玉川学園に通った。
 高等部時代、英語教育に重点をおいた教育は帰国子女が多くいたこともあって、私は英語力をつけることができた。
 また、あまりいい学生ではなかったと思うが、教師と学生、親と子供、先輩後輩などの儒教的な関係を学ぶこともできた。

  誰も信じないだろうが、中学3年の時に進路や人生に悩みノイローゼのようになったことがある。
 その時の担任は玉川学園を進めてくれた。冬、見学を兼ねて玉川の丘に願書を取りにいった際、着物姿の老人と偶然にすれ違った。
 「お国はどこ?」聞かれた私は、驚きのあまり「日本です」と答えた。そして老人は「親父は一本取られたな!」そう言って、
 握手をしてくれた。温かなふっくらとした手の感触だった。直後に判ったのだが、その老人は創設者の小原国芳先生だった。
 そして私は玉川学園にお世話になることになった。

 以来、あの手の感触を忘れたことがない。7年間、何度も挫折しそうになったが立ち直れたのは、あの瞬間があったからに違いない。

  玉川の丘には、私の「記憶」が多く残っている。今でもそこに昔の自分がいるような、不思議な感覚なのだ。
 そのような気持を同窓生皆が共有しているのが玉川学園だ。
 ひさしぶりに出席した同窓会は、現在、NHK金沢放送局で勤務する全国から注目されている
 新人アナウンサー•片山千恵子さん(2003年高等部卒)の講演もあって大変な盛り上がりであった。


 参照
 玉川学園「全人」掲載:2008年10月 同窓会特別号
http://www.ohimuseum.com/index.html?_startPage=142

***********************************************************

■毎田仁嗣君披露宴/Maida Hitoshi Wedding

2009.11.28



 
 毎田仁嗣君の披露宴は山出保•金沢市長はじめ金沢の各界各層のVIPが多数出席される盛大なものだった。
 ここまで長い間、独身でいた「ヒトシ」!女性に興味が無い?悪い冗談を振り払うかのように、美しい麻紀さんとのwedding shot!
 My friend Maida Hitoshi had Wedding Party was attending many VIP guests at Hotel Nikko Kanazawa.
 He was single for long time and it was bad joke that maybe he is not interesting with woman! by some friend.
 But he found best beautiful wife for his life,her name is Maki.


  毎田仁嗣君は、加賀友禅作家で著名な毎田健治先生の長男だ。
 そして毎田工房の三代目として、これから活躍する有望作家でもある。
 そんな彼の結婚披露宴がホテル日航金沢で催された。

  金沢で若手だと思っていた私は、いつの間にか年下の作家が多くなってきており、今回の披露宴も彼の仲間でいたつもりなのだが、
 配慮されてのことだが最前列中央で父上のお仲間と同席だった。
 そのような状況に自らの年齢に恐怖感を覚えている。
 しかし、金沢で多くの若手作家と兄弟のような交流をもたせていただいているので、
 彼も私の弟的な作家でとても懇意にしている。

  ずっと長く彼は独身だった。もしかして女性に興味が無い???
 周囲の心配は大きくなりそうだったが、短期間に麻希さんという最高の伴侶に出会った。
 看護士という人の心を支える仕事をしてきた彼女は、同僚や友人から絶賛されていた。
 「ひとし」はずっと一人でいたのだが、彼女に出会う日を待っていたかのように幸せそうだった。
 そして、とても心ある披露宴だった。

 遠慮してなのか!年寄りだからか?二次会の誘いは頂けなかったが!!!

 二人に乾杯!!!

***********************************************************

■Allan Palmer氏来宅/Allan Palmer visits Kanazawa Ohi museum

2009.11.24



 
 Allan Palmer氏とは四半世紀以上にわたる子弟関係だ。かって私がボストンに留学した時、
 彼からは茶道を通じて日本の伝統を再認識したことを思い出す
 Allan Palmer visits Kanazawa Ohi museum.
 Mr. Allan Palmer used to teach me Tea ideas and our teacher and student for more than a quarter of a century.
 I recall having recognized the tradition of Japan again from him through the tea ceremony when I studied at Boston.


  Allan Palmer氏は長い間、裏千家鵬雲斉家元の海外出張に同行し通訳を務めた茶道家だ。
 私は1981年から86年までボストン大学へ留学したのだが、彼は御家元の紹介で私に茶道を教えてくれた白人茶道教授でもある。
 彼が十得という特別の意味をもつ着物を羽織り、私はジーンズという真反対の子弟関係はとてもユニークなもので、
 私は茶の点前を忘れないためというより、日本の伝統を再認識させてくれた。

 四半世紀にわたる彼との交友はとても意義深いものがあり、京都裏千家での宗旦忌出席のあとに金沢へ立ち寄ってくれた。
 嬉しい再会でもあった。

***********************************************************

■九つの音色展福岡はせがわミュージアム/Nine Harmony Exhibition at Fukuoka

2009.11.20-23



 
 2009/11/20 早朝の羽田から福岡へのフライトで見えた美しい富士山。
 Fuji mountain from airplane view from Tokyo to Fukuoka


 
 九つの音色展でのマスコミにたいする各同人からの説明。隣には中島 宗皓氏(書道)
 Nine Harmony exhibition at Hasegawa Museum Fukuoka. Members made a introduction for each works to press.
 with fellow of Nine Harmony Mr Nakajima Souka(calligrapher)


 
 取材に訪れた大勢のマスコミ
 Press Interview for exhibition


 
 2009/11/21 9:30
 テープカットが行われた/Tape Cut Ceremony


  九つの音色(代表 宮田亮平•東京藝術大学学長)は過去10年間にわたり芸術運動体として様々な活動を行ってきた。
 東京日本橋三越での展覧会、北京、ソウルなどの海外展や講演、5度にわたる出版、
 そして今回、はせがわミュージアム(仏壇 はせがわ)との共同事業として九つの音色•祈りの継承展を福岡で開催することになった。

  福岡での関心は高く、20日に行われたPRESS発表にはマスコミ各社が訪れ、地元で大きく報道された。
 この展覧会のために東京などからのツアー参加者もあって、20日の内見会を終えての夜、盛大なレセプションが開かれた。
 また、21日9:30,長谷川社長、九つの音色同人によってのテープカットによって展覧会の幕を開けた。

***********************************************************

■第41回日展受賞式/The 41st Nitten Award Ceremony

2009.11.20



 
 中山忠彦先生(日展理事長)から「日展会員賞」の授与を受ける。
 後方には来賓として玉井日出夫•文化庁長官が列席されている。於 国立新美術館
 Award Ceremony for 「NITTEN MEMBERSHIP PRIZE」by Nakayama Tadahiko
 (Nitten Chairperson of the Board of Directors)in behind Honored Guest Tamai Hideo
 (The Chief of the agency for Culture Affairs) at Tokyo National New Fine Art Museum.


 
 中山忠彦•日展理事長に謝辞を述べる受賞者。一列目は大臣賞受賞者と会員賞受賞者。
 All awarding artists made an address of gratitude for Nakayama Tadahiko
 (Nitten Chairperson of the board of Directors)


 
 現代工芸作家協会の第41回日展における謝恩会。現在5人の日本芸術院会員が在籍しており、
 今回、内閣総理大臣賞、日展会員賞、そして6人の特選受賞者がいる。
 A dinner given by all awards members (Japan Arts and Crafts Association) in honor of
 their Japan Art Academy Members and Nitten Judges.
 Miyata Ryohei received 「The Prime Minister Award」I received 「Nitten Member Award」6 artists received
 「Special Award」all artists are from Japan Arts and Crafts Association.


  玉井日出夫•文化庁長官の列席のもと、第41回日展の授賞式が国立新美術館で行われた。
 長官は授賞式の前に会場を視察され、今回、私が「日展会員賞」を受賞した作品「琥珀雪山•Amber White Mountain」
 も鑑賞いただき、御説明する機会も得る事ができた。

  日展は(1科•日本画、2科•洋画、3科•彫刻、4科•工芸、5科•書道)5科に分かれており、各科から一人「大臣賞」「会員賞」、
 そして10人ずつの「特選」が選ばれる。大臣賞は「1科•2科」と「3科•4科•5科」が隔年で内閣総理大臣賞と文部科学大臣賞が入
 れ替わることになっており、今年は「日本画•洋画」が文部科学大臣賞、「彫刻•工芸•書道」が内閣総理大臣賞となっている。
 この賞は日展評議員(審査員3度以上の経験者)のなかから選ばれることになっている。

  また、私の受賞した「日展会員賞」は日展会員(審査員2度までの経験者)の中から
 選ばれる賞で、現在52名の会員が工芸に所属している。

 中山忠彦•日展理事長から渡された日展会員賞は感無量だった。授賞式では左側に彫刻、右側に書道、
 各科から選ばれた5人だけの席に座ったのだが、作品を向上させていくこと、日展を誇りにしていくことを絆とした授賞式でもあった。

 そして場所を上野•精養軒に移し、現代工芸美術家協会での第41回日展における謝恩会が開かれた。
 現代工芸美術家協会から内閣総理大臣賞、日展会員賞、6人の特選受賞者が選ばれたことは、
 ハイレベルな作家集団であることを裏付けたことでもある。

***********************************************************

■劇団スイセイ•ミュージカル/Musical Group Suisei

2009.11.18



 
 劇団スイセイ•ミュージカルの2010年度金沢公演を打ち合わせる。
 左から北陸放送専務取締役•笹原忠義氏、右から女優•星野真衣さん、西田直木氏。
 Musical Group Suisei Producer Nishida Naoki,Actress hoshino mai visited Hokuriku TV Station
 for 2010 Musical Kanazawa Canpain with Executive Director Sasahara tadayoshi.


  劇団スイセイ•ミュージカルの主宰する「サウンド オブミュージック」「楽園」など友人•辰巳啄郎氏が出演したこともあり、
 最近、鑑賞したばかりだ。
 ミュージカルを中心とした彼らの活動の歴史は長く、そして支持を受けてきた。
 先般の「楽園」はオリジナルの作品であり、ハワイ日系2世の男性とローカル女性との戦時中の恋愛を描いたもので、とても好演だった。

  今、社会は大不況だ。その中でも地道な活動を続ける彼らへの支援を辰巳氏より依頼を受けた。
 彼らは直接にキャンペーンを行うことで主催者、鑑賞者への負担を軽減させたいと願っている。
 プロデューサー•西田直木氏、女優•星野真衣さんと共に「北國新聞社」「北陸放送」などへ同行させていただいた。
 彼らが希望する2010年「FAME」金沢公演、両社の協力で実現可能に漕ぎ着けることができそうだ。

 「必殺仕分け人」ではないが、地道に努力する人達への「必殺紹介人」これも微力だが、
 私もこれまで受けて来た恩恵を少しづつ返していく努力をしていこうと思う。

***********************************************************

■大樋茶会/OHI Tea Ceremony

2009.11.13-15


 
 茶室•芳土庵での大樋茶会、亭主 父 十代長左衛門と点前の母、正客に金沢市長•山出 保 氏を迎えて。
 OHI Tea Ceremony at Tea room 「HOUDOAN」Tea Host is 10th Ohi chozaemon and wife Ohi Yoko.
 Main Guest is Mayor of Kanazawa Yamade tamotsu.


 
 茶会では、全ての茶席を75歳の母の点前によって、82歳の父は亭主を務めた。
 妹の遺影を水屋に置いて、私と弟、そして家族が陰で支えた茶会だった。
 Mother Yoko is 75 and she made tea,Father 10th Chozaemon is 82 and held tea ceremony for just
 published his book.All my family helped his activities for 3 days tea ceremony.


 
 大樋美術館でのギャラリートークの後に、茶会へと導かれる成巽閣名誉館長•佐藤満雄氏、石川県立美術館館長•島崎 丞氏、
 参議院議員•岡田直紀氏などの招待客、
 All guests are invited OHI MUSEUM for gallery talk about his new published book.


  父、十代長左衛門が書き記した「陶道無今昔」という本が出版される。
 それをを記念して11月13日から15日まで、大樋茶会が開催された。
 全国からの多くの方々が、掲載された作品を大樋美術館で鑑賞した後、それらを用いた茶会に(茶室•芳土庵)招かれた。

  傘寿を記念した本を出版する予定だった。自らの作家人生を書き記すために、82歳を迎えた日まで執筆を加えた。
 それを手助けできた私は、父の今日までを知る機会でもあった。

  茶会では、全ての茶席を75歳の母の点前によって、82歳の父は亭主を務めた。
 妹の遺影を水屋に置いて、私と弟、そして家族が陰で支えた茶会だった。
 「陶道無今昔」という父の出版は、家族の絆を強めながら、多くの訪れた方々に日々の感謝を告げることができた機会でもあったと思う。

  父が書いた招待者皆様への手紙の一部
 「八十二歳、さらに書き続けて「陶道今昔無」の出版に漕ぎ着けました。
 この年齢を迎えて、これまでの記憶をこれだけの記録に残す事は並大抵ではありませんでした。
 出来上がったことに私自身が驚いております。
 精神力と体力が未だ内蔵されている自分は、神仏のご加護なのかもしれません。」

***********************************************************

■豊田商工会議所視察団/Group of Toyota City Chamber of Commerce

2009.11.14



 
 左に渡辺祥二氏(会頭、大豊工業相談役)夫妻を団長とした豊田商工会議所一行の皆様、右に金沢市副市長•森 源二氏、
 金沢商工会議所会頭•深山 彬氏などで、私も参加させて頂いた。
 Group of Toyota City Chamber of Commerce (chairman Mr Watanabe shouzi) visited to Kanazawa
 and had dinner meeting with Kanazawa City Chamber of Commerce (chairman Mr Miyama Akira)
 and Deputy Mayor of Kanazawa Mori genji .


  夏、豊田市に招かれ講演に出向いた。その際に豊田商工会議所会頭である渡辺祥二氏(大豊工業相談役)の表敬を受けて、
 今日の会食のご招待をいただいた。

  現在、豊田市は「まちづくり」に本格的に取り組んでおり、金沢をモデルとして研究されているようだ。
 中心市街地視察団として、渡辺祥二会頭夫妻をはじめとして、副会頭夫妻など18名が視察団として金沢を訪問された。

 会食は料亭•山乃尾。招待された地元側は、金沢市副市長•森 源二氏、金沢商工会議所会頭•深山 彬氏などで、私も参加させて頂いた。

 豊田市とトヨタは密接な関係をもっている。サッカーチームと競技場、名古屋との距離感、
 メリット、デメリット、様々な意見が交換された。

 翌日(15日)、一行は大樋美術館に立ち寄られて、茶室•芳土庵での大樋茶会に参加された。

***********************************************************

■友人 河内誠夫妻の長男の披露宴/wedding party for my friends’ son at Kyoto

2009.11.07



 
 裏千家家元夫人 千容子氏様、前原誠司 国土交通大臣、塚本能交 ワコール社長などの出席などで多彩な顔ぶれの披露宴となった。
 於 京都オークラホテル。
 Mrs Sen Masako (wife of Urasenke Grand Tea Master),Mr Maehara Seiji
 (Minister of Land,Infrastructure,Transport and tourism),
 Mr Tukamoto Yoshikarta(president of Wacoal Co.) are attended at Kyoto Okura Hotel


 
 長男 優太朗君が結婚する日を迎えた河内 誠、博子 夫妻。
 Mr and Mrs Kawauchi Makoto and Kawauchi Hiroko, they finally had that day that son is going to marry.


 
 多くの出席者の中でのスピーチは緊張だった。
 I was very nervous for my speech because there is so many VIP audiences.


 
 片岡鶴太郎氏とともに。with actor Kataoka Tsurutarou


  河内 誠氏と私は古くからの仲間で、とても気が合う関係だ。
 燦々会(昭和33年生の会)でも設立当初からの会員同士、夫人の博子さんも同年で、
 御実家は古美術商を営み我家とも長く親しい間柄だ。
 その夫妻の長男、優太朗君が結婚することになった。半年ほど前、河内夫妻から電話があった。
 「大樋、うちの長男が結婚するねん。出席してや!そいでな、引き出物なんやけど、
 燦々会の3人の陶芸家で作品を一つのセットにできへん?」
 京都弁しか話さない(話せない)誠氏の要望だった。
 同じ年の仲間の子息が結婚するは初めてだ。京都•近藤高弘、備前•藤原和、そして金沢•大樋年雄、
 同年生まれだけではなく我々は真の仲間だ。二人に電話をして即に意気投合、同じものを組み合わさないことにした。
 3人が制作した湯呑、皿、鉢などを組み合わせて一つの引き出物となった。
 私がデザインした箱に水引をかけたのだが、アイテムがそれぞれ違うために箱の大きさを割り出すことや、
 梱包も金沢で行ったので実は大変だった。しかし、友人ということもあって、皆が心して制作させてもらった。
 出席者はきっと驚いたことだと思う。

  披露宴は京都オークラホテル。出席者は裏千家•坐忘斎家元夫妻、•前原誠司 国土交通大臣、山田啓二 京都府知事、
 塚本能交 ワコール社長夫妻など470名の盛大な宴となった。私のテーブルは芸能界の方が多く、俳優 片岡鶴太郎氏、辰巳啄郎氏、
 タレント 原田伸郎氏、大平サブロー氏、ハイヒールモモコ氏、燦々会仲間の市川典男氏(象印 社長)
 井田純一郎氏(サンヨー食品 社長)、そして昨晩も最後まで一緒だった京都 吉兆 徳岡邦夫氏などで、
 独自の盛り上がりで楽しかった。

  これを書いている現在は新幹線で東京への移動中で、
 22:30より東京 日本橋高島屋で第91回草月いけばな展(後期)の審査を勅使河原茜氏(草月流家元)、
 石井厚生氏(彫刻家)とともに行うことになっている。
 河内 誠氏の最後のスピーチを聞けずに退席しなければならなかったことは残念なのだが、
 今頃きっと感動のシーンを迎えていることだろう。

 父親が息子の結婚を祝う日、私にはまだ遠い時間だろうが、その感情を理解できる自分がいることに不思議な気がしてならない。
 「歳」アアアアア、、、、、、

***********************************************************

■喜食満面晩餐会/Dinner Party at Kyoto

2009.11.06



 
 晩餐会での一時/Dinner Party at Rihga Royal Hotel Kyoto
 右に俳優 辰巳啄郎氏、ピアニスト 横山幸雄氏、右奥から池坊由紀氏、羽田登喜氏(着物師)、
 ソムリエ 山田晃通氏、私、コシノ ヒロコ氏、
 right Actor tatsumi Takurou, Pianist Yokoyama Yukio, right behind Flower Arrangement Master Ikenobou Yuki,
 Kimono Maker Hata Toki, Sommelier Yamada Hiromichi, Fashion Designer Koshino Hiroko


 
 コシノ ヒロコ氏とは久しぶりだった。ファションの考え方をお聞きすることがでた。
 I could have a good conversation about fashion and design with Fashion Designer Koshino Hiroko


 
 朝3時、八坂神社前で松嶋啓介氏を囲み、ピアニスト、横山幸雄氏、辰巳啄郎氏、真由美夫人、ソムリエ 山田晃通氏などとともに
 AM3:00,Chef Matushima Keisuke,Pianist Yokoyama Yukio, Actor Tatsumi TAkurou & Mrs Mayumi,
 at Kyoto Yasaka Shrine.


  喜食満面晩餐会はリーガロイヤルホテル京都において開かれ18回目を数える。
 辰巳啄郎氏がワインをセレクト、真由美夫人がテーブルコーディネート、そしてゲストシェフが料理を振る舞うという趣旨の夕食会だ。
 今回はフランス•ニースでフレンチレストランをオープンさせミシュラン1つ星を獲得した、評判の松嶋啓介氏が担当した。
 印象に残ったものだけでも、フォアグラのポワレ、甲イカ•イカ墨入りブイヤベース、イノシシのドーブ(本来私は食べれない)、
 Opeus One 2006ワインなどもりたくさんだった。

  コシノヒロコ氏とともに参加した私は、彼女のファションの考え方や、今の潮流などが聞けてとても有意義な時間でもあった。
 19時に始まった晩餐会は盛り上がり、終了は0時近くとなった。

  終了後、同じく参加したピアニスト 横山幸雄氏が経営するワインバーで松嶋啓介氏を招き、辰巳氏とスタッフ、
 私も呼んで頂き再びワインを飲んだのだが、どれだけ飲んだか記憶があまりない。(難しいクイズ系のワイン試飲を含む)
 気がつけば朝3時、皆で八坂神社を散策してホテルに帰った。

***********************************************************

■第91回草月いけばな展新人賞審査/Judge for the 91st Sogetsu Flower Arrengement Exhibition

2009.11.04



 
 審査前の石井厚生さん(彫刻家)、勅使河原茜さん(草月流家元)/
 just before judge started with sculpture Ishi Atsuo and Sogetsu Flower Arrangement Grand Master
 Teshigawara Akane.


 
 勅使河原茜さん(草月流家元)から説明を受ける/
 explain by Sogetsu Flower Arrangement Grand Master Teshigawara Akane.


  草月展は年に一度、日本橋高島屋で開催しており、今年で91回目を迎える。
 新人賞は師範になりたての出品者を対象に、毎年、数名が賞に選ばれており、勅使河原茜(草月流家元)、
 石井厚生さん(彫刻家)とともに審査を依頼された。
 新人賞対象者は、前後期それぞれ80名ほどで、前期すべての作品制作が終了した19時より、無人の展覧会場で対象作品を審査した。
 前期、5人の新人賞を選定したが、詳細は草月の機関誌に述べさせて頂く事になっている。
 後期の新人賞審査は11月7日22:30からとなっており、再度私も審査することになっている。

 参考
  第91回草月いけばな展 於 日本橋高島屋
  テーマ:花歌う
  会期:2009年11月5日(木)〜10日(火)
  会場:東京・日本橋高島屋

***********************************************************

■日展にて解説/Nitten Gallery Talk

2009.11.03



 
 日展にて解説 於 国立新美術館・Nitten Gallery Talk at New Tokyo National Museum.
 内閣総理大臣賞を受賞した宮田亮平氏、そして日展会員賞を受賞した私とともに行ったギャラリートーク
 Miyata Ryohei received the Prime Minister Prize, and I received Nitten Members Prize,
 Both of us had Gallery Talk together.


  日展がOPENして5日目となった文化の日、多くの鑑賞者が訪れた。
 当日は私は会場当番として国立新美術館につめた。日展では祭日、休日はギャラリートークは行わないことになっているそうだ。
 偶然にも内閣総理大臣賞を受賞された宮田亮平先生、会員賞を受賞した私と二人が当番であったため、
 解説を求められ話しているうちに会場内は大きな輪が出来上がった。私が宮田先生に質問をした。
 「イルカを題材にされた理由は?」出身地佐渡から東京芸大受験のために海を渡る際、
 船からたくさんのイルカが歓迎してくれたことがモチーフとなったそうだ。
 宮田先生も私の作品の前で質問をされたりで鑑賞者は楽しかったと思う。
 突発性ギャラリートークと称してもいいかもしれない。

***********************************************************

■ボストン会 於 ペニンシュラホテル/Boston Fellowas at Tokyo Penuyunsula Hotel

2009.10.30



 
 ボストン会 於 ペニンシュラホテル 日展受賞を皆が祝ってくれた/
 Boston Fellowas Gathered at Tokyo Penuyunsula Hotel,and every one cerebrate for my Nitten Award.


 
 ボストン会のみなさん、中央が会長の渥美直紀氏 於 ペニンシュラホテル/
 Boston Fellowas gatherd at Tokyo in the center Mr Atsumi Naoki(Kajima Co. Vice President) at Penuyunsula Hotel


  欠席するつもりだった、ボストン会。会長は渥美直紀氏(鹿島建設副社長)
 日展授賞式の後に駆けつけることができた。

  1981年から85年まで私はボストンで留学したが、ほぼ同時期に学生や教授であったことが共通する集まりだ。
 ボストンにはチャールスリバーという川が流れており、ケンブリッジ側にハーバード大学やMIT、
 ボストン側にボストン大学(BOSTON UNIVERSITY)がある。私のボストン大学(BOSTON UNIVERSITY)芸術学部は日本人
 ただ一人だけだったので、対岸のハーバード大学やMITに通った彼らとの交流はとても大切だった。
 誰かの家に招かれ食した日本の味、皆でのドライブ、釣り、ゴルフ、そして辛い時には励まされ、思い出だらけの留学だった。
 おそらく、皆同じ経験をしているので、年一回の集まりはとても楽しみで、そして有意義だ。

  毎回、参加者皆が近況報告をする。官僚、政治家、経済人、学者、そして私のような芸術家。
 時には政権によって逆の立場となる人たちもいる。しかし、昔の仲間は次元が変われば何も問題はないようだ。
 今回は特別で、会場となったペニンシュラホテルはボストン会の人々で設計施工したことになるのだ。
 すばらしいデザインされた世界に通用するセレブなホテルだ。

  感激したのは、皆が私の日展受賞を祝ってくれたことだ。
 司会者の方が事前にインターネットで受賞理由なども調べてくれての、(乾杯)嬉しかった。
 ボストン会の皆様、本当にありがとうございました。

***********************************************************

■第41回日展会員賞受賞/received the 41st Nitten Member prize

2009.10.30



 
 2009/10/29 第41回日展工芸出品者表彰式懇親会、右に宮田亮平先生 於東京會館/
 The 41st Nitten Crafts Awarding Ceremony on the right President of Tokyo College of Arts Miyata Ryohei
 who received [the Prime minister Award, and I received [Member Prize] at Tokyo Kaikan.


 
 2009/10/29 第41回日展工芸出品者表彰式懇親会、於東京會館
 The 41st Nitten Crafts Awarding Ceremony at Tokyo Kaikan.


 
 2009/10/30 第41回日展オープニングパーティ於 グランドプリンスホテル東京/
 The 41st Nitten Opening Party at Grand Prince Hotel Tokyo.


 
 2009/10/30 第41回日展オープニングパーティ,左に常務理事 奥田小由女先生、
 宮田亮平先生 於 グランドプリンスホテル東京,/
 The 41st Nitten Opening Party at Grand Prince Hotel Tokyo. on the left Executive Director and
 Japan Art Academy Okuda Sayume and Miyata Ryohei at Tokyo Kaikan.


  29日は第41回日展の内覧会と第4科工芸部の表彰式と懇親会が開かれる日だ。
 出席するため昼過ぎに羽田に到着したのだが、飛行時間中に私の携帯にはたくさんの着信記録、そしてメッセージが残っていた。
 それは「日展会員賞」受賞の知らせだった。そのいくつかのメセージを聞いてみると
 「先生が、、、、、、、、、会場、、、、、、会員、、、、、、夕方、、、、zzzzzzz,,,,,,,??????」よく聞いても聞き取れない。
 最後のメッセージが「zzzzzzz,,,,,,,,,必ず今晩いて下さい。会員賞受賞おめでとうございます」となっていて理解できたのだが、
 私の携帯留守電のガイダンスは日本語で話した後に英語となって録音となるのだが、英語の前に話されてのメッセージだったようなのだ。
 当初は違う知らせに聞こえてしまい、かなり心臓が高鳴ってしまった。

 「入選者」「特選受賞者」はかなり前に発表されているのだが、
 「内閣総理大臣賞」「会員賞」は開催日前日に内定が下ることになっているそうだ。
 嬉しい知らせだったのだが予期しない出来事であって、29日夜、友人との会食、30日、31日と
 福井で開かれるIBM北陸信越会議などの出席をキャンセルせざるえない状況ともなってしまった。

  日展は「顧問」(常務理事経験者)「常務理事」(日本芸術院会員)「理事」(日本芸術院賞受賞者)
 と概ねこのような規約で構成されている。そして「評議員」(審査員3回以上経験者)「会員」(審査員経験者)と構成されている。
 審査員は一般入選者「特選」(2度受賞者)から新審査員として選ばれることになっている。

  日展での最高賞は「内閣総理大臣賞」であり評議員44人の中から宮田亮平先生(東京藝術大学学長•金工)が選ばれた。
 次なる最高賞は「会員賞」で私は会員52人の中から選ばれたことになる。とても意義ある賞であり、各科たった一人ずつの賞でもある。
 選んで頂いた理事以上の先生方のためにも、恥じない作品を創っていくことで、恩をお返ししていかねばならないと誓を新たにしている。

 参 考
  第41回日展 (平成21年度) 大臣賞・日展会員賞受賞者
  http://www.nitten.or.jp/data/daijinshou.html

***********************************************************

■第1回ICT金沢交流サロン/The 1st ICT Kanazawa Exchange Salone

2009.10.28



 
 初めて開かれた第1回ICT金沢交流サロン/
 It was the first meeting at Kanazawa Sekitei restaurant (NTT The 1st ICL Kanazawa Exchange Salone)


  NTT北陸とNTTdocomo北陸が主催するこの交流サロンは各界の代表を選び、NTTの最新のテクノロジーを学んだうえで、
 社会へ新しいかたちの使われ方を模索していくことを目的にしている。
 その委員とNTT幹部との初めての会議が、金沢石亭で開かれた。

  NTTは研究所有しており3000人近くが日夜、未来に向かって様々な研究を行っており、そのことは果てしない夢をもっている。
 「てのりポップ」という手のひらを差し出すと、天井から情報が映し出される。
 ディスプレイが無くても、情報がいかなる場所からでも得られる。
 この研究などは実際に社会に到来するのも遠くないことだろう。

 私も委員として選ばれているのだが、2時間の概要説明はまさに未来映画のシナリオのようでもあった。
 何か面白い企画を提案していきたいと思っている。

***********************************************************

■三枝成彰、辰巳琢郎のおしゃべり音楽館/
 Saegusa(nusician)Tatsumi(actor)Classic Music Concert

2009.10.27



 
 三枝成彰、辰巳琢郎のおしゃべり音楽館 於クロスランドおやべ/
 Classic Music Concert by Musician Saegusa Nariaki and Actor Tatsumi Takurou at Cross
 Land Oyabe (Toyama Prefecture)


 
 公演終了後の三枝成彰氏と辰巳啄郎氏/
 with Musician Saegusa Nariaki and Actor Tatsumi Takurou at Cross Land Oyabe (Toyama)


  小矢部という町はメルヘンチックなヨーロパを模した建築物が立ち並ぶ不思議な町だ。
 富山県ではあるが石川県に近く、金沢との関係が深いところでもある。

  三枝成彰、辰巳琢郎のおしゃべり音楽館というコンサートがクロスランドおやべホールで開かれた。
 三枝氏も20年以上親しくさせて頂いているが、辰巳氏を通じて「六本木合唱団」でもお世話になっている。
 そのような両者と塩田美奈子さん(ソプラノ歌手)国府弘子さん(ピアニスト)、そして東京ニューシティー管弦楽団による、
 会話とクラッシク音楽は軽妙なコンサートであった。

  クラシック音楽だけではなく、マイフェアレディ、キャッツ、スターウオーズなどのミュージカルや映画音楽、
 ビートルズなどをメドレーなどを取り入れていることで観衆が聞き入っていた。
 以前、辰巳氏がトラップ大佐として出演したサウンド•オブ•ミュージックの再現として、
 彼が本番さながらに「エーデルワイス」を歌った場面もあったりで内容が濃いものでもあった。

  それにしても、三枝氏、辰巳氏の意見に同感だが、この町に展望台が必要なのか?誰がデザインしたのか、
 ホールも柱が両脇に2本あるステージ(三枝氏曰く、世界に類を見ない)?内装デザイン?
 しかし、このような施設であっても、行政と市民が上手く運営していければ市民の心の支えともなリ、
 良きデザインとも言われるのかもしれない!!!

***********************************************************

■能登ワインナリー•能登演劇堂/Noto Wine and Noto Drama Theatre

2009.10.26



 
 能登ワインにて辰巳琢郎氏とともに/with Actor Tatsumi Takuro at Noto Wine factory


 
 「マクベス」鑑賞前の我々/just before Drama Macbeth starts at Noto Drama Theatre


 
 公演終了後の若村麻由美さん、辰巳琢郎氏とともに/
 with actress Wakamura Mayumi and Tatumi Takurou after drama was over


  25日夜、友人の辰巳琢郎氏と金沢で待ち合わせる。
 私は早朝に高岡から高崎に入り、金沢へ戻った。
 とてもハードな移動だったのだが、彼とは久しぶりだったので遅めの夕食とワインを飲んで深夜となってしまった。

  26日 彼は能登ワインを訪れた。同行した私は、地元石川県穴水町にかなり水準の高いワインが製造されていることを再認識した。
 山ぶどうとカルビネソーヴィニオンを掛け合わせた「ヤマソーヴィニオン」という国産ぶどうで製造された赤ワインなどはこれからが
 期待できるアイテムとなるのかもしれない。

  そして中島町にある能登演劇堂へ移動。今、話題の仲代達也氏が率いる無名塾によるシェークスピア「マクベス」を鑑賞に行った。
 9月から50回にわたるロングランで、驚く事に毎回満員となっている。先般、鑑賞の後に我家に立ち寄ってくれた
 舞台芸術家 妹尾河童氏などのコメントも絶賛だったこともあり、念願の演劇でもあった。
 ステージ後部が全て開閉することで、背景となる森までもが舞台となっており、兵士が馬に乗り走り抜けていくシーンや、
 真っ暗となった森をライトアップしたシーンなど演出もすばらしいものがある。

 本来、誰も人の気がない場所に演劇という媒体で、多くの鑑賞者が毎日訪れる。
 能登に新しい風が吹き始めている気がする。

***********************************************************

■高岡市金屋町楽市/Crafts Open Market in Takaoka Toyama

2009.10.24



 
 金屋町神妙寺で行われたパネルディスカション、右は貴志雅樹 富山大学芸術文化部教授/
 Panel Discussion at Takaokaka Kanayamachi Shinmyozi Temple. right Professor of
 Toyama Univrsity Are Department Kushi Masaki.


 
 左から岡野博一氏、中村信喬氏、渡辺雅志氏、私、貴志雅樹氏/
 left Mr Okano Masaki, Mr Nakamura Shinkyou, Mr Watanabe Masashi, Myself and Mr Kishi Masaki.


 
 宗泉寺で開かれた作家交流会、右に緒方慎一郎氏/
 Dinner Party with other craftsman at Sousenji-Temple. right Mr Ogata Shinichiro.


 
 金屋町での作品展示/display works in old house at Kanayamachi(town)


 
 金屋町での作品展示/display works in old house at Kanayamachi(town)


  24日、高崎高島屋個展会場から猛ダッシュで上越新幹線に飛び乗り、越後湯沢経由で高岡入りした。
 18:30から高岡市金屋町神妙寺でのパネラーとしてパネルディスカション、20:30から宗泉寺で作家交流会、密度の濃い時間を過ごした。
 (25 日には高崎に個展のため、早朝に再度戻らなければならない。)

  昨年も参加した高岡金屋町楽市は、伊東順二教授を中心として、そして富山大学芸術文化学部が主催する試みで、
 更にパワーアップしたようだ。江戸時代初期以来の町並みと、銅器工芸の職を残す金屋町全体を使って行う生活空間内展示、
 いわばゾーンミュージアムだ。ストリートマーケット、イベント、茶会などを催すことによって、
 工芸を再び生活に活用できることも目的としている。

  私は招待作家として、パネルディスカションだけではなく建築家 隈研吾氏のプロデュースした茶席での水指、
 茶碗、そしてギャラリーに見立てた町家での作品を出品しての参加となった。
 緒方真一郎氏(デザイナー)、中村信喬氏(人形師)、今泉今右衛門氏(陶芸家)、
 など親交ある工芸家も参加しており賑やかな集いともなった。

***********************************************************

■高崎高島屋での個展/Takasaki Takashimaya Exhibition

2009.10.23


 
 高崎高島屋での個展会場風景、右は昨年の日展審査員出品の作品でほぼ一年がかりの巡回展から戻って来たばかりだ。
 from Takasaki Takashimaya Exhibition, on the right just came back from 2008 Nitten tour exhibition.


 
 最も新しく、そして最も古式に!これが来年のテーマかもしれない
 Newest thing with Oldest thing , That will be my thema for next year.


  21日から高崎高島屋で個展がはじまった。
 会場を茶碗、現代作品、水指、器と類別してみた。
 出来上がったばかりの作品達をゆっくり眺めると
 米国コロラド、インディアン
 中国雲南省、ナシ族
 金沢の伝統文化/現代アート
 これまで受信したことをメッセージにできているだろうか
 考え事にふけっている。
 今年最後の個展。
 新しく、最も古式な発想を来年に向かって考えている。

***********************************************************

■日本商工会議所会頭 岡村 正氏来宅/
 The Japan Chamber of Commenrce and Industry President Mr Okamura Tadashi visited

2009.10.21



 
 左から金沢商工会議所会頭 深山 彬氏、長左衛門、日本商工会議所会頭 岡村 正氏 於 大樋美術館
 from left Mr Miyama(president of the Kanazawa Chamber of Commerce and Industry),
 10th Chozaemon, Mr Okamura (President of the Japan Chamber of Commerce and Industry)


  日本商工会議所会頭、岡村 正氏が金沢商工会議所会頭、深山 彬氏とともに来宅された。
 北陸信越にある全ての商工会議所会頭との会議の前に立ち寄られたのだが、事前に希望されてのことでもあり、
 ご見識もお持ち合わせで実に興味深くご覧になられていた。
 昔、政治、経済に生きた人々の多くが数寄者であったように、
 現代の日本のリーダーでそのような側面をもっていられる人に出会えたことを光栄に感じている。

***********************************************************

■金沢クラフトツーリズム/Kanazawa Crafts Tourism

2009.10.17



 
 大樋工房で茶碗制作を公開/Workshop for tea bowl making in Ohi Studio


 
 参加された柴田亜衣さん(アテネオリンピック水泳自由形金メダリスト)/
 special guest Miss Shibata Ai (2004 Athens Olympic Free Style Swimming Gold Medalist)


 
 大樋美術館前に集合したクラフトツーリズム参加者/All VIP Members for Kanazawa Crafts Tourism in front of Ohi Museum


 
 茶菓子制作の実演、於 年々庵/Workshop for making sweet cake for tea ceremony at Nennenan tea room


 
 呈茶 於 芳土庵/Tea Ceremony at Houdoan tea room


  金沢ファッションウェークとしてイベントが続いた。
 関わったことだけでも「金沢•世界工芸トリエンナーレ2010プレイベント」「金沢•世界工芸都市会議」
 「金沢•世界創造都市フォーラム2009」「おしゃれメッセ 金沢風流茶会」「金沢市•南砺市 工芸の今展」数多い。

  これらのイベントに招かれた国内外のVIPをクラフトでもてなすという試みが、金沢クラフトツーリズムだ。
 卯辰山工芸工房、東茶屋街、兼六園、成巽閣などを関係者が案内した。
 そして毎田建治先生の友禅工房で説明を受けた一行は、大樋工房を見学した。
 私は茶碗制作と焼成の実演、大樋美術館で解説、芳土庵で呈茶と協力させていただいた。
 大樋焼の焼成を公開したのは初めてのことで皆に喜んでいただけたのではないだろうか。

***********************************************************

■金沢未来風流/Kanazawa Future Elegance

2009.10.16



 
 黒川雅之氏考案による立礼棚、茶碗は大樋年雄作、背面に見えるのは電動掛軸「宇宙」
 architect Kurokawa Masayuki designed table for tea ceremony and I made tea bowl
 also back side screen is my designed digital hanging scroll.


 
 器をプロデュースした伊東史子氏/
 with Ito Fumiko she produced tea bowls and vessels for sweet from young craftsman.


 
 東京から視察にやってきた女優 蜷川友紀さん、エディター久本勢津子さん、黒川雅之氏/
 from Tokyo actress Ninagawa Yuki,Publisher Hisamoto Setsuko and architect Kurokawa Masayuki.


  金沢城公園では、おしゃれメッセというイベントが開かれている。
 そのなかでもユニークなのは建築家 黒川雅之氏、伊東史子氏、須藤玲子氏に
 よる金沢未来風流という試みだ。私も初期段階から企画委員として参加させていただいているが
 「布」「光」「食」で演出された空間は圧巻だ。
 そして茶室空間も茶道とカフェをいっしょにしたかのような試みで、
 器も菓子も彼らのプロデュースによって若手作家や職人が作り上げた。
 彼らは今様なことから古式を学んだに違いない。

 このような新しい挑戦は伝統の確認作業もともなって、今の金沢にふさわしい未来風流となっていた。

***********************************************************

■金沢世界工芸都市会議/The 5th Kanazawa World Craft City Conference

2009.10.15



 
 工芸の考え方を発表した/talk about new concept of Crafts(CRAFITISM)


 
 秋元館長をコーディネーターに中国(唐緒祥氏 金工作家 清華大学教授、韓国(徐道植氏 金工作家 ソウル大学美術大学校副学長)、
 台湾(張清淵氏 陶芸家 台南藝術大学副教授)、日本、(中川衛氏 金工作家 重要無形文化財保持者)そして私でのパネルディスカッション。
 Panel Discussion with China,Korea,Taiwan they are Metal Artist and Clay Artist and from Kanazawa
 Mr nakagawa Mamoru (living national treasure) and me.


 
 会場を埋めた参加者/Many Participant in the hall


  金沢世界工芸都市会議に私は実行委員としてずっと企画運営に携わってきた。

 今回で5回目となるこの会議に「自由な工芸、伝統工芸、フォークアート、デザイン、現代アートを見る」と題し
 クリスティーヌ清水氏(セーヴル陶磁器博物館主任キュレター)に基調講演を行っていただいた。
 陶芸という観点から工芸の広がりや、建築をはじめとして様々な分野との関わりから生まれてきた現代の工芸などが紹介された。

  また、第2部つぃて「東アジアの工芸事情を知る」として中国(唐緒祥氏 金工作家 清華大学教授、
 韓国(徐道植氏 金工作家 ソウル大学美術大学校副学長)、台湾(張清淵氏 陶芸家 台南藝術大学副教授)、
 そして日本、(中川衛氏 金工作家 重要無形文化財保持者)そして私、 それぞれの視点からの事情報告と意見交換が行われ、
 東アジアを起点とした工芸発信の可能性が見いだされた。

 次回は2010年5月、金沢で行われる日仏会議で同時開催の予定となっている。

***********************************************************

■中田英寿氏の金沢視察/former Soccer Team Japan Mr Nakata Hidetoshi visits

2009.10.13



 
 2009/10/12夜 金沢21世紀美術館での「金沢•世界工芸トリエンナーレ プレイベント」に訪れた元サッカー日本代表 中田英寿氏。
 Nakata Hidetoshi(former Japan Soccer Team Player) visited kanazawa 21st century Museum for
 "Kanazawa world craft triennale 2010" Pre event "Present of Kanazawa crafts'


 
 2009/10/13 大樋工房で茶碗を制作する秋元館長と中田英寿氏
 Mr Akimoto Yuji and Mr Nakata hidetoshi visited to Ohi Studio and made tea bowls.


  中田英寿氏が金沢を訪問してきた。農業の現場、伝統工芸などに触れるために日本各地を訪問しているそうだ。
 秋元館長の誘いで21世紀美術館で開かれている「金沢 世界工芸トリエンナーレ」を視察することが目的だそうだ。

  12日夜、設営中に現れた中田氏は作品を丁寧に見て回ったのだが、秋元館長の詳しい説明を聞きながら、
 普段使う工芸と現代アートのような工芸との違いを質問するなど鋭い視点をもっていた。
 伝統文化にもとても興味をもたれていて、裏千家坐忘斎家元もとても彼を大事にされている。
 中田氏が伝統文化を発信してくれることは大きなインパクトがあることだろう。

  13日早朝、中田氏、秋元氏、そして私、大樋工房で工芸談義をしながら茶碗を制作した。
 秋元氏は東京芸大卒であるからか黙々取り組む。
 中田氏はサッカーのように分析しながら作り上げていく。
 二人ともかなり面白い茶碗が出来上がった。

  そして、大樋美術館を見学、茶室「芳土庵」にて呈茶をさせていただいたが最後まで正座で座ろうとされていた。
 年齢はまだ32歳だそうだが、スポーツで極めた彼の人生哲学、理論は深いものがある。
 「眼力」ある日本のリーダーの一人であることが理解できた。

 そして「金沢 世界工芸トリエンナーレ」のオープニングに出席して、彼は次ぎなる地へ旅を始めた。

***********************************************************

■金沢の工芸の現在/Present of kanazawa Crafts

2009.10.13



 
 「金沢•世界工芸トリエンナーレ2010」プレイベント「金沢の工芸の現在」金沢21世紀美術館会場風景 
 秋元館長による企画、佐藤オオキ氏(NENDO)の会場構成。左下に見えるのは私の作品。
  "Kanazawa world craft triennale 2010" Pre event "Present of Kanazawa crafts' project by Akimoto Yuji
 (president of the 21st century Kanazawa Contemporary museum) and Mr. Sato ooki (NENDO)
 designed exhibition spae. It is my work that sees under the left.


 
 秋元館長によるオープニングスピーチ/Opening speech by president Akimoto Yuji


 
 OPENINGに特別参加してくれた中田英寿氏/Special Guest Mr Nakata hidetoshi for opening


 来年5月に開催される「金沢•世界工芸トリエンナーレ2010」のプレイベントである
 「金沢の工芸の現在」が金沢21世紀美術館ではじまった。

  テーマは「自由な工芸を考える」館長である秋元雄史氏のプロデュースによって選ばれた48人
 (63作品=美術館所蔵、金沢市工芸協会選抜作家、金沢市在住作家)で構成されており、
 多彩な作品が一つ一つの独立したガラスケースの中に展示されている。
 この会場構成を手がけたのは、建築からインテリアまで幅広く活躍する佐藤オオキ氏(NENDO)であり、
 建築を志す学生達にも支持されておりそのことだけでも注目されるかもしれない。

  金沢市工芸協会(十代大樋長左衛門 会長)は日本芸術院会員、
 重要無形文化財保持者などをはじめとして公募展(日展、日本伝統工芸展)や在野、
 無所属の工芸家を含めて約200名を有する大きな団体である。
 1995年には「金沢世界工芸都市宣言」を提唱し金沢市議会で満場一致で議決されたことで、工芸にたいする市民意識が高まった。
 金沢世界工芸コンペティション、金沢世界工芸都市会議などを協会と金沢市、一体となって取り組んできた。

  今回の「金沢•世界工芸トリエンナーレ2010」のプレイベントは金沢世界工芸コンペティションを発展的継承
 なものとしての実験でもある。そして秋元氏の多大な理解のもとに「金沢•世界工芸トリエンナーレ2010」に取り組んでいただいた。
 直島 地中美術館を立ち上げ、現在は21世紀美術館館長として長年にわたり現代美術に取り組んできた秋元氏に見えている
 金沢工芸の現状を大きく飛躍させてくれるであろう。
 もちろん我々作家の努力があってのことなのだが、、、、、

  金沢世界工芸都市会議は5回目として15日、金沢21世紀美術館で「東アジア工芸事情」として
 フランス セーブル陶磁器博物館主任学芸員クリスティーヌ清水氏が講演し、その後に中国、韓国、
 台湾の代表者と金工作家 重要無形文化財保持者 中川衛氏、
 そして私も加わりパネルディスカションも開かれることになっている。

***********************************************************

■金沢市による大樋茶会/Ohi Tea Ceremony hosetd by city of Kanazawa

2009.10.10-11



 
 金沢市が公募して参加された皆様と大樋美術館にて/People gather by internet reservation for Ohi Tea Ceremony.


 
 父が亭主、母は点前での茶会は皆が喜んでくれた/10th Ohi Chozaemonn Toshiro is hosted mother was making tea


 
 解散となった金沢21世紀美術館James Tarrellの部屋で/we visited James Tarrell Art Project.


  金沢市観光協会、金沢市観光課が公募した大樋茶会を催した。インターネットなどでの申し込みなどで集まった限定20人の大樋茶会は、
 大樋美術館での解説、茶室 陶土軒、芳土庵での呈茶であり、美術館では私が解説。茶室では母が点前、
 父(十代長左衛門)が亭主となって滅多にない家族でおもてなしをさせて頂いた。
 昼は料亭 山の尾で食談、翌日は金沢市立中村記念館で薮下館長を訪ねて「加賀の工芸」について講演を聞き、
 その後、金沢21世紀美術館では私のナビゲーションで現代美術について説明させていただいた。
 昨年から始めたこの企画。すでにリピターが何組か存在していて嬉しい限りだ。

  青空がキャンパスとなっているJAMES Turrellの部屋を最後に訪れた。皆が一期一会を感じ合った二日間、
 来年の再会を誓っての解散となった。

***********************************************************

■台風の目/the eye of a typhoon

2009.10.08



 
 群馬県沼田市周辺を車で通過中に「台風18号」に遭遇した。
 It encountered "the Eye of Typhoon No.18" while passing over the surrounding of the Gunma
 Prefecture Numata city by car.


 
 刻一刻と変わる空と夏のような陽気が差し込んでくる。まさに台風がそこにいた
 A cloud that moved momently and the summer Sun Light was shining. The typhoon was exactly there.


 7日早朝、金沢駅始発のはくたかで越後湯沢を経由して高崎へ移動した。
 21日からはじまる高島屋高崎展での個展準備に出向いたのだが、、、、、、
 台風18号に遭遇してしまった

 ・ニュース/報道
  7日
   06:00 金沢を出る頃 種子島周辺に台風が上陸したことを告げている
   12:00 大型台風に発達して大きな被害を予想した内容に変わる
   21:00 打ち合せを終えてホテルに帰ると近畿地方に上陸
   23:00 風雨が強くなり、窓を叩き付けるような不気味な音

  8日
   06:00 ホテルの露天風呂から見る駅周辺は台風景色
   10:00 群馬県沼田市周辺を移動中、ラジオはその沼田市に台風がいることを告げる
      世紀の「台風の目」写真撮影に成功
   14:00 上空が晴れ始める。あっという間に快晴。
   16:00 前橋駅で高崎—越後湯沢—金沢の帰りの路線を調べる。
      ほくほく線、「はくたか24号」 夜から復旧の見通し。
   19:30 越後湯沢を出る「はくたか24号」がいない!駅の待合室で不安な待ち時間!
   20:25 やっと金沢へ出発したが、多くの駅に停車して夜中に金沢着。

 疲れた!!!!!
 でも「台風の目」の撮影成功!!! おやすみなさい

***********************************************************

■藤原正彦 氏(国家の品格 著者)、美子夫妻の来宅/
 Dr Fujiwara Masahiko and his wife Yoshiko Visited me in Kanazawa

2009.10.05



 
 茶碗制作に没頭する藤原正彦氏、奥様の美子さん 於 大樋工房
 Dr Fujiwara Masahiko (writer Nation of Dignity Kokkanohinkaku)
 and Mrs Yoshiko seriously made tea bowl in Ohi Studio.


  「国家の品格」著者 藤原正彦氏とは黛まどかさんが主宰する句会でご一緒させていただいている。
 もちろん氏の国語力あふれる俳句と、私の学習不足の直球俳句とは大きな品格の差があるのだが、
 それでも俳句劣等生の私を藤原氏は優しく見守ってくれている。

  今日、藤原氏夫妻は昨日の金沢での講演を終え、私を訪ねて来られた。
 早朝に工房で茶碗を一緒に制作した。藤原氏は「学生時代、美術は2だった」との発言。
 しかし、黙々と作られて、最後には品格と彫った茶碗を仕上げられた。
 美子夫人からは「ゆっくりした時間がいいわね!」土に親しんだ子供の頃を思い出されているような雰囲気でもあった。
 そして、大樋美術館を見学され昼食、茶室「芳土庵」で茶を喫して頂いた頃には父 長左衛門とも歓談。時計を見れば14時となっていた。

 2年前、台湾元総統である李登輝氏の自宅を訪問した際に、氏から伺った話しがある。

 「貴方に日本人として大切な考え方を教えます。ひとつは武士道を基本にした西田幾多郎先生の自覚、客観、
  反省という人生哲学です。もうひとつは、論理には情緒、英語には国語、民主主義には武士道精神、「国家の品格」
  を日本人が取り戻すことです。私は著者である藤原正彦先生を大変尊敬申し上げている。」

 この話しを藤原氏にお伝えしたのだが、氏も李登輝氏を大変尊敬されているそうで、
 近い将来いっしょに台湾の李登輝氏を訪問する夢を共有することにもなった。

  藤原氏は帰られる際、芳名録に「論理と情緒」と記された。
 今日という日を私は共に過ごさせて頂き「日本人としての誇りと自信をもつこと」の大切さを学んだ気がする。
 藤原先生、美子奥様 ありがとうございました。

***********************************************************

■岩城滉一さんハーレーで来宅/ Actor Iwaki Kouichi visits me by Harley Davidson

2009.10.01



 
 2009/09/30
 金沢に着いたばかりの岩城滉一さん、そして梅村光男さんとともに会食(飲酒?)
 Actor iwaki Kouichi was just arrived in kanazawa by his Harley Davidson from Tokyo,
 and my best friend Umemura Mitsuo


 
 2009/10/01
 我家の前にはたくさんのカスタムメイドのハーレーが集結、そして岩城滉一さんの仲間達
 Many custom made Harley Davidson were in front of my house and all riders are Iwakis' fellows.


 
 出発前の岩城滉一さんと/just before leaving from my house with Actor Iwaki Kouichi


 10月。早いもので暦の上では衣替。冬モードへの切り替えだ。
 今日の金沢は快晴にちかい青空、そして温かな日となった。

  そこに岩城滉一さん、そして彼のバイク仲間がハーレーダビットソンを走らせ東京から金沢にやってきた。
 我家にも立ち寄ってくれたのだが、真っ黒な皮ジャンやジャンプスーツに身を固めた大勢の中年男性と
 十数台のハーレーが集結した武家屋敷での景色は壮観で、たくさんの人々が驚きで集まってきた。

  岩城さんは元クールズだけあってバイクのこだわりは深い。それも半端ではない。
 そして友情に熱い人だ。これまで何度か金沢の大樋工房での作陶や、我家の茶室で茶道などを体験される取材などにも来られている。
 きっかけは金沢の実業家 梅村光男さんだ。私にとって兄のような存在で常に行動を共にしてきた。
 梅村さんと岩城さんは、高校からの同級生、クールズでもあったりでミツオ、コウイチと呼び合っている兄弟仲間でもある。
 (昔は間違いなく怖い不良仲間?)
 ミツオさんが˚コウイチさんに私を随分前に紹介いただいたことで、弟分としての付き合いをいただけるようになった。

  数年前に一緒に飲んだ時の話しなのだが、「ハーレー気持いいよ!仲間と一緒に走ろうゼ!」岩城さんの呼びかけに反応して、
 密かに梅村さんは大型自動二輪免許をつい先日取得した。彼のデビューを祝して、
 皆で能登を一緒に走る出発前に我家に立ち寄ってくれたのだ。
 友情の熱い仲間達だ。

  あの時同じ約束をした私は、まだ免許を取っていない。
 素晴らしい男の仲間意識を久しぶりに垣間みた。私も密かに免許を取得して、
 今までの夢に無かったハーレーを私は近い将来に走らせているかもしれない。

***********************************************************

■日本伝統工芸展 於日本橋三越/ Japan Traditional Crafts Exhibition,Tokyo Mitsukoshi

2009.09.26



 
 日本伝統工芸展/Japan Traditional Crafts Exhibition


 
 金子賢治先生のギャラリートークは明快な工芸論でもあった
 Mr Kaneko (The National Museum of Modern art Tokyo Crafts Curator)
 explain about concept of traditional crafts from his gallery talk.


  日本伝統工芸展を見にいった。
 ギャラリートークは金子賢治先生(東京国立近代美術館工芸館工芸課長)であるためか、
 入選者の謙虚な姿勢と熱心な入場者の集まりでもあった。
 私は、日展での活動拠点としているが、祖父の遺言でかってはこの日本伝統工芸展に日本工芸会正会員として10年出品させて頂いた。

  そして、この展覧会への出品を控えて10年の歳月が流れたが、必ず動向を注視し続けてきた。
 今年は、新しい伝統を感じさせる若い世代が出現したのではないだろうか。
 会場内で、個人的にも関わりがある何人かの若手作家に祝福の握手をしたのだが、彼らの将来がとても楽しみだ。

  私の住む石川県内から毎年100人近くの入選者がいるのだが、今回は20人以上の入選者が激減となっている。
 その中で入選した実力作家が私に残した言葉が印象的だ「今までが異常だった、やっと正しい作家だけの実力の世界となった」
 伝統工芸も、真の実力の世界が到来した証ではないだろうか。

***********************************************************

■西本智実 マーラ第5番 ロイヤル•フィルハーモニー管弦楽団/
 NISHIMOTO TOMOMI with Royal Philharmony Orchestra

2009.09.24



 
 指揮者 西本智実さん/Conductor Nishimoto Tomomi


 
 2009/09/23
 長い間の約束だった金沢、そして我家の訪問。右は彼女のプロダクション社長 戎 洋子さん。茶室「芳土庵」にて
 visit to Kanazawa and my studio that was promise of long time. The right is her Production president Ebisu Yoko.


 
 演奏後の西本智実さんと石川県立音楽堂楽屋で歓談。
 It is talks with Nishimoto Tomomi after it performs in Ishikawa Prefectural Music Hall.


  西本智実さんは私が知る唯一の女性指揮者だ。その彼女が指揮者としてロイヤル•フィルハーモニー管弦楽団とともに金沢にやってきた。
 昨年、SONY会長と共に会食して以来の再会でもあったが、23日は全国ツアーの移動日なので、
 長い間の約束で我家の工房や大樋美術館を見学頂いた。

  彼女の生き方はとてもクールだ。日本人と白人とのハーフのような容姿からは想像できないのだが、
 強い信念を持ち合わせた女性だ。ロシアでの留学、そして卒業後には東欧を拠点として主席指揮者などを務めたキャリアの持ち主なのだ。
 英語は話せない、完璧なロシア語、そしてNATIVEな関西弁なのだ。(英語と標準日本語のイメージ?)
 このギャップが面白い。
 彼女は「人間は一度死ぬ事により、新しい自己に変容する」このように語っているのだが、
 言い換えれば生死をさまよう極限で得る新しい発見が芸術であることを言いたいのではないだろうか。
 彼女はすばらしい経験をそのままに音楽に表現しているのではないだろうか。

  マーラ5番でタクトを振る姿は、その時代に生きた人々を代弁するかのように、大きなオーラをともなった美しい指揮だった。
 彼女のこれからの音楽表現が実に楽しみだ。

***********************************************************

■高岡大和個展/Takaoka Daiwa Exhibition

2009.09.22



 
 高岡大和はおよそ90坪のスペースで、全て私が会場をデザインした。
 I designed Takaoka Daiwa Exhibition space by myself.


 
 コロラドで得たイメージからの作品「尊崇」に中国雲南省ナシ族の用いるトンパ文字の掛軸が展覧会のはじまりだ
 It was the first space in exhibition, There is Colorado image of Ceremonial Vessel with Tompa Character scroll.


 
 真っ白な花器と真っ赤な床、
 White Ohi flower vase and red tokonoma Space.


 
 個展初日、呈茶の澤田先生一門に解説をする
 The first day of my exhibition, I explained about my thought for tea master Mrs.Sawada and her students.


 
 美術評論家で富山大学芸術学部教授でもある伊東順二氏(右)女優 小川知子 夫妻とは20年以上の付き合いだ。
 東京から個展の駆けつけてくれた。
 Art critic and Professor of Toyama University Ito Junji and his wife Actress Ogawa Tomoko
 are lover 20 years relationship with me.
 They came to my exhibition from Tokyo to Takaoaka.


  9月17日から22日まで高岡大和で個展を開催させて頂いた。
 前半、快晴の北陸自動車道、能越道を快適なドライブで通ったのだが、シルバーウィークという聞き慣れない連休は、
 金沢では兼六園から大渋滞となって私のの自宅前を車で道に出ることが容易ではなかったが、
 このような現象を久しく目にしたことはなかった。

  個展は90坪ぐらいの会場を自らでデザインし、100点ほどの作品を陳列した。
 高岡は金沢とは歴史、文化が加賀百万石前田家によって共通することが多い。
 ゆえに昔からの数寄者、茶人も多く厳しい審美眼を持ち合わせた方々の地でもある。
 曾祖父、祖父、父といった我家を今日まで支えてくれた名家も数多くあり、今、百年以来の大不況と叫ばれているが、
 それを超えた関係が今も続いていることを感じれた展覧会でもあった。

  高岡市役所、茶道関係者、学生、など多くの来場者に鑑賞頂いたことは、有り難いことであった。
 また、私は高岡市金屋町再生PROJECTのパネラーとして招待を受けてきたが、当時市長であり、
 今は衆議院議員となられた橘慶一郎氏の来場、20年以上前に伊住政和氏を中心としてはじまった「茶美会」
 (現代美術からの茶道)のコアメンバー、伊東順二氏、女優 小川知子氏夫妻がわざわざ東京から駆けつけてくれたことなど、
 嬉しい限りで友情に感謝したい。

***********************************************************

■セントペテルスブルグ ロシア/St.Petersburug Russia

2009.09.13



 
 青銅の騎士像、セントペテルウブルグ/St.Petersburug,Russia

 昔、海の向こうにあるスェーデンを戦に勝つため見ていたこの将軍。今はどこを見ているのだろう?
 This general used to watch over view of Sweden for fight, however now where and what he is facing?


 
 聖イサク寺院、セントペテルスブルグ ロシア/St.Isaac's Cathadra,St.Petersburg Russia

 忘れることができないくらいとてもロマンチックな町だ。
 I never forget this romantic town.


 
 血の上の教会,セントペテルスブルグ ロシア/Church of the Savior of Sprit Blood.St.Petersburg

 夜の町を友人と歩いた。I walked in the midnight town with my friend.


  9月10日から13日までセントペテルスブルグ(ロシア)を訪れた。私には旧ソ連時代から含めて初めての旅だ。
 いつかは訪ねたいと思い続けたきた国のひとつだ。

  タリン•エストニア(Tallinn•Estonia)から車での入国だったが、国境Naviaでは遅い手続きで車は長蛇の列だった。
 Estonia側の出国審査はまったく誰も仕事をしていないかのような静けさで、待つ人もそれが当然のようでもある。
 手続きを終え、それぞれの城壁に掲げられた国旗を見ながら走行するとRussia側に入る。
 何台かの車が停車しているだけで、入国審査を受ける人も係官も静止画像のような光景だ。
 長い時間が過ぎて、撮影禁止の意識なく写真を数枚撮った。その瞬間、制服の男がやってきて写真を消去させられた。
 俊敏に働く人がいたのだ。まるで映画でしか観たことのない、昔のソ連のようなシーンだった。

  セントペテルスブルグの町はヨーロッパにある古都のように、夜景もライトアップされて美しい。
 洒落たファッションで歩く人々、「KA中E」と書かれたカフェでの若者、様々な民族が溶け込み、
 私の勝手なイメージしたロシアとは異なるグローバルスタンダードな光景でもあった。
 しかし、多少の違和感を覚えたこともある。

 笑顔がない!
  働く彼らの態度が訪問者に対して冷酷に見えてしまうことが多いのはなぜだろうか?
  ・広大なエルミタージュ美術館の各部屋には、
   かなり年配者の係官が見学者に対して作品に近づき過ぎないように厳しい目線をおくってくる。
   そして一瞬でもあるラインを超えると凄い形相で叱りつける。
   楽しみに美術品を鑑賞するために訪れた人達にもその視線と態度は変わらぬ係官が多かった。

 愛想がない!
  英語しか話せない私に否があるのか「Hallow!」「Thank you」といったような挨拶がどこを訪れてもあまりない。
  ・訪れたホテル、Shop、空港の売店、航空会社、ほとんどの人は我々を直視しているだけで、
   旅行者が困った時でも基本的な姿勢を変えない。
  ・帰国間際の空港の出来事だったが、ある女性が乗り継ぎのGATEにやって来た。
   飛行機は待機中だったが女性は突然に泣き叫んだ。5分ぐらいだろうかドアは閉まり、飛行機は動き始めた。
   急用での乗り継ぎらしく発狂したかのような女性に、あまりにも落ち着きを払った職員の対応に驚かされた。

  ある人が言った。「彼らはそれぞれに任せられたことを遂行している。誰かがそれを全て知り総合的に判断することは、
 今まで危険なことであった。そのことは人柄とは違う。そして今、新しい世代の解放された人々も大勢いる。」
 確かに短い滞在で私が断言すべきではないが、
 我々日本人は違う考え方でそれを「もてなし」あるいは「サービス」とする概念で生きてきた。
 近年の渋谷、原宿、新宿などで見られる新しい習慣は大きく多様化した日本の象徴でもある。
 その変化は、誇りにできなくなった事柄も多く秘められているのではないだろうか。
 おそらく、ロシアの人々は、これからグローバルで独自な文化となる努力をしていくことであろう。
 逆行するように思える我々日本人は大丈夫なのだろうか?

***********************************************************

■タリン エストニア/Tallinn Estonia

2009.09.09



 
 タリン エストニア市内/City of Tallinn Estonia


 
 クンスト美術館にて/Tallinn Estonia Kunstmuseum


  今日は全て9が並ぶ日だ。縁起をかついで9時にBLOGを書いている。
 昨日、Helsinki(Finland)からTallinn(Estonia)に2007年製の新型の豪華客船で渡った。
 Finlandの人々は対岸のEstoniaに買物やSPAなどに週末を過ごすことが多いそうだ。
 船が到着すると、先般EUに加盟したEstoniaであるからかパスポートでの入国審査はなくそのまま町中となった。
 これがEUとなった証なのかもしれない。

  世界遺産となっている中世の町並みは美しい。
 多くの観光客で賑わい大きな車はOLD TOWNには入れない。
 カメラのファインダーから覗く町並みは、全てがプロの写真家になれるかのように美しい。
 ESITONIAは1980年代、ソ連から独立する直前に30万以上の市民が「歌の原」に集まり歌いながらソ連に抗議したそうだ。
 そのような文化的意識がESTONIAの国旗、白、と緑に象徴されており、電車、パトカーなどは共通デザインされている。

 私の町、金沢も世界遺産に挑戦中だ。市内道路を拡張するなどという昔の意識を捨てて、そして景観だけにとらわれるのではなく、
 美しい市民意識も高揚させなくてはならないのかもしれない。

***********************************************************

■フィンランド ヘルシンキ/Helsinki Finland

2009.09.07



 
 9月初めというのに木々は紅葉をはじめている。ヘルシンキ郊外ヌークシオ公園にて
 Trees start turning red at the beginning of September. In the Helsinki suburbs Nuukusio National park


 
 ヘルシンキ大聖堂にて/in front of Helsinki Cathedral Finland


 
 ヘルシンキ市内の片隅で/Helsinki Down town Area Finland


  9月6日、早朝に関西空港に向けて金沢を出発。
 同日にフィンランド ヘルシンキに到着。北欧で唯一訪れたことがない国だ。
 ホテルに夕刻チェックインした時に最近の睡眠時間を計算した。
 4日3時間、5日4時間(関空への移動時間寝ただけ)、関西空港—ヘルシンキ 0時間(映画4本連続視聴)。
 そして飛行機はもの凄く揺れて、半分の飛行時間はシートベルト着用で全然眠れず、トイレ禁止の刑のようなものだった。

 夜中に夜景を見に市内を散策したが、ライトアップされたHELSINKIの町並は美しかった。

  そして、今日はヘルシンキ郊外と市内を散策した。
 9月初旬ではあるが町はすっかり秋の様相で、木々は紅葉を始めようとしている。
 フィンランド語はアルファベットで書かれているのだが、英語読みしようとすると読めないし、覚えられない。
 ロシアやスウェーデンの影響が大きいそうなのだが、独特の文化がある。デザインや陶芸の仕事も見たが、
 やはりバウハウスにはじまったスカンジナビアンらしいものが多かった。
 写真を撮る、そして詩を創る。
 それを陶芸作品につなげていくことを試みてみよう!

 明日はTALLINN ESTONIAに移動する。

***********************************************************

■かすみ草の会/the Group of Kasumisouno kai visited me in Kanazawa

2009.09.04



 
 大樋美術館での大樋年雄の説明。京都での友人知人の夫人などが主で嬉しかった。
 Explain about Kanazawa Own Culture for group of KASUMISOU. 
 Also I and wife of Governor of Kyoto Mr Yamada ware learning Tea Ceremony by English together in Tokyo
 around end of 80's. Many my Friend wife in Kyoto. I was so glad to see them again.


 
 金沢21世紀美術館秋元館長から説明を受ける「かすみ草の会」の皆様
 Lecture by Mr Akimoto Kanazawa 21st Contemporary Museum for KASUMISOU Group


 
 秋元館長を囲んで金沢21世紀美術館前で
 with President of Kanazawa 21st Contemporary Museum.


  「かすみ草の会」は会長が裏千家家元千宗室氏夫人•千 容子氏、副会長は 故伊住政和氏夫人•伊住弘美氏、京都における
 政治、経済、文化で活躍する夫人の会である。そして皆が裏千家茶道を嗜んでいる。その一行25人が金沢を訪れ、
 午前中は大樋美術館、午後は金沢21世紀美術館を訪ねるだけの勉強会としての旅でもあった。

  10:40大樋美術館に皆が到着。家元夫人は急用でお越しになれなかったが、伊住夫人をはじめ多くの友人知人の夫人、
 また母親になる方、また昔、東京で「茶英会」という英語だけで茶道を学ぶ勉強会があり、
 同じ時期に在籍していた京都府山田知事夫人も参加されており、嬉しい再会や出会いでもあった。
 加賀の文化は京都からであり、それを尊敬しながら独自なものに変えたことが特徴的であることなどを話させて頂いた。
 私の両親含め、家族皆でもてなしをさせて頂いた。

  午後は友人でもあり、尊敬している金沢21世紀美術館秋元館長に年間150万人の来場者がある美術館の概要や常設展、
 今人気を集めている「未完の横尾忠則」展などを特別の説明を受けてのことで、私自身も大変勉強になった。

 このような研修を目的にした高次元の旅を繰り返している「かすみ草の会」の皆様。
 また、金沢へ起こしください!

***********************************************************

■日本が変わる日/Change the World of Japan

2009.09.01



 
 2009/08/27 鳩山由紀夫 民主党党首が金沢に遊説に来られた。その際に時間を割いて頂きお目にかかることができた。
 9月16日には次期の総理大臣となるであろう。
 The party leader of the Yukio Hatoyama Japan Democratic Party was able to come to Kanazawa for the canvass.
 It was possible to meet with Mr Hatoyama. September 16 will become a Prime Minister for the next term.


  民主党が300以上の議席を確保して衆議院議員選挙は終わった。
 米国CNNなどを見ても世界が日本の新政権を注目している。そして、日本が再生することを皆が祈っている。
 芸術に生きる私は門外漢かもしれないが、今回が革命的な出来事となるためにも、
 新政権での政治努力を我々は時間をかけて忍耐で見守る必要もあるのではないだろうか。

  衆議院、参議院、議員活動をしている知人はかなりいる。私の高校、大学時代、BOSTON留学時、
 同じ昭和33年生まれの燦々会、裏千家、故郷金沢、それぞれの出会いからであり、ほとんどは議員になる前からの友人が多い。
 彼らは個人としての資質で選ばれた政治家なのであって、私は今日まで政党という意識をあまり持ち合わせていなかったのかもしれない。

  20年以上前になるだろうか?盟友•裏千家 故•伊住政和氏と共に鳩山由紀夫氏が初出馬した頃、
 地盤である北海道室蘭まで出向き「鳩(ハート)フォーラムと称して由起夫氏をコーディネーターとしてパネルディスカションなどで
 各地で巡回した。当時は鳩山邦夫氏が著名で、「由紀夫氏は弟さんですか?」と聞かれるような時代だった。
 その頃、既に伊住氏は「将来、由紀夫氏は絶対総理になる」そのように語っていた。
 今となれば彼の遺言となってしまったが、その洞察力には驚いている。
 そして、鳩山由紀夫氏に、その日が遂に訪れたことになる。おそらく日本の歴史を変えた総理として後世にまで名の残る人となるであろう。
 追記すると彼が同時に言ったことは「TOSHI君は世界発信の芸術家になる」そう言われたのだが、私は恥ずかしながら達成できていない。

 以来、鳩山由紀夫氏には公私にわたる友情を賜り、日本経済新聞「私の交遊録」で私のことも紹介して頂いたこともある。

  8月26日、金沢に遊説に立ち寄られた。
 少しの時間ではあったが個人的にも話せる機会を得た。
 彼の今宿ったオーラは計り知れない。そして、群衆の熱気、久しぶりにみた本物の政治家の一人かもしれない。

 頑張れ!鳩山首相!

***********************************************************

■徳田八十吉先生死去/Funeral of Living National treasure Tokuda Yasokichi

2009.08.28



  徳田八十吉先生(重要無形文化財保持者)が75歳で8月26日に亡くなられた。
 祖父(九代長左衛門)との約束で私は米国からの帰国後の10年間、日本伝統工芸展に出品し続けた。
 その間、日本工芸会正会員となって伝統工芸という世界に身をおいたのだが、徳田先生に公私にわたりお世話になった。

  九谷焼の名家に生まれた先生の生涯は、多彩で華やかなものだったのではないだろうか。
 九谷焼の多くの後継者だけではなく、政治、経済などの広いジャンルに至まで氏の影響を大きく受けた人々がいる。

  先生との思い出はたくさんあるのだが、米国WASHINTON DCで開かれた石川県陶芸展お供したことや、
 夜を徹して何度となく話した「伝統」ということ、先生のことは忘れられない。

 ご冥福をお祈りします。

***********************************************************

■国際協会 つどいの夕べ/the United Nations Japanese Association

2009.08.22



 
 鵬雲斉大宗匠の講演 於 東京ニューオータニホテル。 国際問題を文化を通じて解決していく必要性を説かれた
 Lecture by Urasenke Former Grand Tea Master Sen-Gensitu,
 He talked The necessity for solving the international problem through the culture was explained.


 
 国連協会での全ての事業を終えられた裏千家鵬雲斉大宗匠とともに
 After all these activities, with Mr Sen- Genshitu


  国連協会の会長を裏千家鵬雲斉大宗匠が務められている。
 国連は各国の政治的、経済的な諸事情において難問を解決できずにいることが多い。
 現在191国が加盟しているが、仮に国々の総意が得られたとしても常任理事国である米国、ロシア、イギリス、フランス、中国などが
 反対すると遂行できなくなってしまう。国連協会はそのような現状を打破するためにも創設され、
 WFP(World Food Programme)のように食糧危機を即時に解決していく努力をしている。

  東京ニューオータニホテルで催された集いでは鵬雲斉大宗匠の講演があり、国際問題を文化を通じて解決していく必要性を説かれた。
 現在の日本の政治経済の危機は、人に任せて自らは何もしない日本人の姿にあると心配され、キューバ、北朝鮮に
 自ら出向き文化で諸問題を解決する意欲も話された。
 そして、工藤絵里氏(WFP主席調査官)の特別講演などがあり、夕食会となった。
 大宗匠からご招待頂き誠に光栄なことであり、私は微力ながらいくつかのチャリティー作品によっての益金を寄付させて頂いた。

***********************************************************

■千住真理子さんのリサイタル/Recital of Violinist Senjyu Mariko

2009.08.20



 
 演奏終了後、千住真理子さんのCDを買い求めたファンで長蛇の列ができた。
 クラッシック音楽の世界でこのようなファンをもつ演奏家はほとんどいないと思う。
 サインを終えて一息ついた彼女とともに、、、
 The fan to buy her CD was able to be done after the performance ends and to do the long line for the signature.
 The player who has a lot of fans like her thinks that it is hardly in the world of the classics music.
 The autograph session was finished and the commemoration taking a picture was done with Violinist Senjyu Mariko


 千住真理子さんのリサイタルが石川県立音楽堂で開かれた。
 彼女からご招待を頂き久々の音楽鑑賞となった。
 一人のバイオリニストとピアニストだけのステージは彼女らしい試みでもあり、
 曲の合間には彼女の語りもあって、クラッシク音楽が解りやすく聞けた。
 普段は知らぬ間に眠ってしまうのだが、門外漢の私でも奥深い彼女の音色は立体として聞けたような気がする。

 ご両親も含めて懇意にさせて頂いているが、千住兄弟は傑出した芸術家達だ。
 長兄の博氏は日本画家、明氏は音楽家、そしてバイオリニストの真理子さん。
 皆が一流であり、稀な兄弟だ。

 中国から帰国後、沖縄を訪れ15日に金沢に戻ってきたが、早々に制作を始めた。
 久々に地元金沢での憩いでもあった。

***********************************************************

■中国より/from CHINA

2009.08.08



 
 麗江はナシ族が住むトンパ文字の古里だ。多少は観光化されてしまっているが、工芸に携わる人々と交流できた。
 Lijiang is a home of the Tompa character where the [nashi] family lives.
 It was possible to exchange it with people involved in the craft though it was somewhat made to sightseeing.


 
 大理は麗江に匹敵するほどの白族が住む古都だ。そこで米国でも活躍するHAN氏のアトリオを訪ねた。
 Dali is Old Town where a Pei family like equaling to Lijiang lives. I visited studio of active
 Painter. H.N.Han also in the United States.


 
 大理市郊外にある敬天村という陶芸村に行った。昼間だが人の気配が全くない。
 It went to the ceramic art village named Dali city suburbs Jing Tian Chun.
 There is no sign of the person at all though daytime.


 
 一人黙々と壷を作っている男性と話す機会を得た。
 「10年前は100人以上の人が従事していたが、今は7人だけです。」どうして貴方は続けているのですか?
 「足が重度の障害があって他の仕事は無理なのです」期待した答えではなかった。
 ちなみに、彼の作った器は登窯で焼成して一個1円(日本円で15円)だそうだ。
 The chance to speak with the man who was silently making the vessel by one person was obtained.
 "They are only seven people now though 100 people or more had been engaged ten years ago"
 Why are you continuing?"There was a severe disability on the foot and other work was impossible"
 It was not an expected answer. I hear that the container that he made and fired with climbing kiln and
 is only one piece 1 Chinese Yen (It is 15 yen in Japanese yen) by the way.


 今、中国を旅している。今年の誓いの実行だ!
 今回の旅の大きな目的は、
 近い将来、北京、上海などで展覧会を開くこと。
 今、交流を深めている中国詩人と共同制作する。(まだ何かは発表できない)
 今、イメージしている事柄を確かめること。

 8月2日、北京に到着。
 北京でギャラリーをもつ友人達が空港まで迎えに来てくれた。
 早速、北京にある798芸術特別区にある彼らのギャラリーを訪問する。
 いずれここで展覧会をすることになるだろう。このことが我々の共通する夢でもある。
 夜は北京でも有名なコレクターのI氏の招待で夕食を共にしながら、中国の今の現代美術の現状を教えて頂いた。
 I氏は中国芸術界でも多大な影響力をもつスポンサーの一人でもあるそうだ。

 8/3北京からAIRで西安
 中国の古都、奈良、京都が手本としたいにしえの町だ。
 郊外には兵馬俑博物館、始皇帝陵、現代陶芸村を視察した。
 友人の手配で全てに完璧なまでに、迎える人たちが待機していてくれた。
 夕食はやはり、ギャラリーオーナーやコレクターの方がとの会食。

 8/6西安からAIRで麗江
 麗江はナシ族が住むトンパ文字の古里だ。多少は観光化されてしまっているが、工芸に携わる人々と交流できた。

 大理は麗江に匹敵するほどの白族が住む古都だ。そこにで米国でも活躍するHAN氏のアトリオを訪ねた。
 そして氏の案内で郊外にある敬天村という陶芸村に行った。
 昼間だが人の気配が全くない。一人黙々と壷を作っている男性と話す機会を得た。
 「10年前は100人以上の人が従事していたが、今は7人だけです。」どうして貴方は続けているのですか?
 「足が重度の障害があって他の仕事は無理なのです」期待した答えではなかった。
 ちなみに、彼の作った器は登窯で焼成して一個1円(日本円で15円)だそうだ。
 世界大不況のなかで、14億人が住む中国は影響が少ないと言われているが悲しい現実だ。
 一眼レフで撮影した写真は美しいのだが、なぜか素人の私が撮った写真でも悲しさや空しさがあるのに驚いた。

 そして、まだ旅は続く。
 明日も、少数民族であるナシ族の人に会い、何かを学ぼうと思う。
 お休みなさい。(現地時間 8/9 2:00)

***********************************************************

■豊田市文化フォーラムにて講演/Lecture at Toyota City Culture Forum

2009.08.01



 
 とても好意的に迎えて頂き、講演前の控室では、
  豊田市商工会議所会頭 渡辺祥二氏(右から2人目)、副会頭 河木照雄氏(右)、
   豊田市教育委員会委員 長橋朗氏(左)の表敬を受けた。
 It received very friendly, and president Toyota City the chamber of commerce and industry
 [watanabe Teruo] and sub-president[Kawaki Teruo] and [Nagahashi Akira] of chairman of the
 Toyota City board of education respects were received in the waiting room before it lectured it.


 
 講演をする。Lecture


 
 豊田市文化フォーラムの参加者の皆様/Participants in cultural forum in Toyota City


 
 3人のパネルトーク、両脇に林寛子氏、河田康雄氏
 Panel Talk with Miss Hayashi Hiroko
 (Chief of Bureau Chunichi Neews Paper and Kawada Yasuo (Owner chef Turuko)


 8月1日 朝5時に金沢を出発。アシスタント 花房君の運転してくれる車で名古屋に向かう。

  前日の31日はアジア太平洋環境開発フォーラム(石川県七尾市和倉温泉•加賀屋)での
 石川県知事主催のRECEPTION(生け花/茶会/夕食会)などの総合プロデュースを終えて金沢に戻ったのだが、
 すでに8月1日となっていた。
 それから講演の準備、2日からの中国視察旅行の準備を終え外が明るくなった頃、ドアホーンが鳴った。
 そして一睡もせずに車に乗り込んだ。後はあっという間に名古屋に到着。
 9:00にI氏の邸宅を訪問、現在進行中の庭園(デザイン監修)の打ち合わせの後、名鉄トヨタホテルに到着。

  豊田市文化フォーラム会員の方々は会長が曹洞宗僧侶、支えるTOYOTAの重鎮、マスコミ関係、印刷、JC、など実に多彩だ。
 そして真剣に町づくりに取り組んでいる。20数年前、金沢でフードピアというイベントが立ち上がったのだが、
 金沢若手経営者がコアだった。私はそのような兄貴分の方々に真のボランティア精神を教わり、
 東京などから招かれた講師から多くを学ぶチャンスを得ることができた。
 豊田市文化フォーラムの会員すべてが、あの時の金沢若手経営者の姿と類似している。
 皆の眼が輝き、そして行動する集団なのだ。
 とても好意的に迎えて頂き、講演前の控室では、豊田市商工会議所会頭 渡辺祥二氏、副会頭 河木照雄氏、
 豊田市教育委員会委員 長橋朗氏の表敬を受けた。

  会場は満員。しかし動員をかけてのことではない。幅広い世代の人たちの熱気が伝わってきた。
 (そのようなイベントの現場を体験してきたからなのか、読み取る能力が私には備わっている?)
 最初に料亭 つる幸の若御主人 河田康雄氏の講演、そして私の講演、
 その後に中日新聞一宮総局長のコーディネーションで3人のパネルディスカッションとなった。

  私は「温故知新!」「温新知故」というテーマで、新しい挑戦の中から学んでいく古典の大切さを話させて頂いた。
 そして市民の高い意識の中での訪れる客人をどのように手作りでもてなせるかが、
 町づくりのKEYWORDであることをパネルディスカッションでも指摘させて頂いた。

  終了後、交流会が開かれた。多くの方々と面識を得たことはとても有意義でもあった。
 そして、二次会では大変な盛り上がりとなり、ホテルに帰ったのは8月2日、朝2時。
 しかし、6時にホテルを出発、中部国際空港から成田経由で北京に向かう機内でこのブログを書いている。

 豊田市文化フォーラムの皆様、本当にありがとうございました。

***********************************************************

■アジア太平洋環境開発フォーラムRECEPTION総合プロデュース/
Producer of ASIAN PACIFIC FORUM

2009.07.31



 
 アジア太平洋環境開発フォーラム夕食会が始まる直前での打ち合わせ
 Meeting immediately before Asia Pacific Ocean environmental development forum dinner starts


 


 


 


  アジア太平洋環境開発フォーラム(石川県七尾市和倉温泉•加賀屋)で開かれている。
 洞爺湖サミットのアジア版と言えるような17カ国の代表が一同に集まる会議だ。
 加賀屋から総合的に会議の場を演出してほしいという要望を受けて、私自身も大切な経験をさせて頂いた。

 会議は7月30日から8月2日までの4日間、31日は最も大切な知事主催のRECEPTIONが開かれる。
 加賀屋スタッフとともに考えた日本!、石川県!をどのように演出するか!時間をかけた会議を繰り返した。
 会場の付近を花や工芸品などで演出すること、毎日の料理のメニューやTea TimeのTABLEなど多くの事柄が含まれている

 そして31日の今日、全体会議が18時に終了。各国の参加者がRECEPTION会場に集まってきた。
 まずは能舞台で「笛と生け花のパフォーマンス」。そして、移動すると茶会が自然に始まった。
 茶道、石川県の工芸などの解説をしながら茶を体験した。
 そしてメイン会場へ流れていく。

 夕食会のTABLEは黒を基調に、中央にはそれぞれに違う種類の花を飾った。
 五行説に始まる料理を考案し、箸も漆で5種類の色違いの○を持ち手のところにデザインした。もちろん、それに準じた器も!!!
 料理のサービスの仕方は、マナー教室のようなもので、リハーサルを何度も繰り返した。

 加賀屋スタッフのこの会議でのモチベーションは非常に高いものがあって、
 それぞれが役担当したことからの達成感は大きかったのではないだろうか。
 共に参画できた私も、現場の方々と共に有意義な経験ができたと思う。

***********************************************************

■MRI検査/The MRI inspection was undergone in the hospital.

2009.07.15



 
 MRI検査/The MRI inspection was undergone in the hospital.
 中に運ばれていく自分はどこに行くのだろう?皆が不安だが、、、
 I carried to the inside might go to where. Though everyone is uneasy


  今日はMRI検査だった。1ヶ月前に検査したばかりだが、あの時はほとんど眠っていた。
 今回は慣れたものだったが、眠らぬままずっと考え事にふけっていた。

  MRIのカプセル中に横になった自分が入っていく時
 狭いカプセルの天井に絵があると安心するのではないだろうか?
 元気な人には横たわった人の見える景色がわかるのだろうか?

  やがて検査が始まり様々な機械的な音が連続して聞こえてくる
 カプセルの中で音楽が聴けたら最高の音なのに!
 「ビー、ビー、ビー、」聞き方変えると『BOM,BOM,BOM!』
 「ジー、ジー、ジー、」聞き方変えると『ZUN,ZUN,CHA!』
 面白い!!!、考え方を変えると次々に自分の思うように聞こえ方がかわる!!!

  そして今、最も悩んでいる五角形の器を考え始めた。
 「カチャ、カチャ、カチャ、」→『かたち、かたち、かたち』
 そうか、五角形の比率を黄金比率で考えよう!!!

 「おつかれさまでした。検査が終わりました」
 MRIでARTを考えたのはわたしだけだろうか?
 予約時間から1時間以上待たされたのだが、爽やかな気持ちのままでいれた。

***********************************************************

■織作峰子写真展/MINEKO ORISAKU DIMENTIONS

2009.07.12



 
 織作峰子写真展/MINEKO ORISAKU DIMENTIONS
 金沢21世紀美術館での個展会場/21st Century Museum of Contemporary art, Kanazawa


 
 織作峰子さん、丁寧に作品を説明して頂いた。個展の成功に祝福を送りたい。「おめでとう」
 with Miss Orisaku Mineko.It politely explained the work.
 I want to send blessing to the success in the one-man show. "Congratulations"


  夢の中で見た映像が、目醒める瞬間に、スーッとモノクロームの世界へと変化してゆく。
 その消えかかる直前の淡いトーンが私には魅力的で、ずっと気になっていた。
 それはふと漏らした溜息にも似た優しくて、はかない感覚である。

 織作峰子さんの個展における冒頭の文だ。
 金沢21世紀美術館での個展会場に入る。10kあるという大きなサイズの本が1Pずつ開かれていくように展示されている。
 その下に敷かれている天然砂は高温でガラスになるそうだ。

 写真の詳しいテクニックは触れないが、とにかく撮影した花を絵のようにPRINTする。
 そして彼女がそれに加色することで写真的な絵画、あるいは絵画的な写真として美しく展開されていく。
 そんな個展だった。

 彼女の締めくくりのMESSAGE
 「私の心の中にイメージする花を写真という形を借りて表現しようと試みた。
 作業が進むにつれ、その作品作りのヒントは幼い頃の体験の中にあるということに気付いた。
 これは自分探しの短い旅でもあった。」

 織作峰子さんとは東京なのでよくお会いするのだが、同じ石川県で生まれたことを互いに誇りにしながら、
 日本文化デザイン会議などでも活動を同じくしている。
 私が副議長を務めた淡路島での2007日本文化デザイン会議にもパネラーとして参加して頂いた。

 個展の成功に祝福を送りたい。「おめでとう」

 参考:http://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=24&d=596

***********************************************************

■金沢東ロータリークラブの交換留学生/Exchange student of Kanazawa east RC

2009.07.10



 
 金沢東ロータリークラブの交換留学生と引率された松本浩平氏(株 アドマック代表取締役社長)
 竹松俊一氏夫人、富木隆夫氏夫人。茶室「芳土庵」にて
 Exchange students of Kanazawa east RC、
 and Kouhei Matsumoto who is the friend is exchange student's chairman of RC.
 And, they were led by him with Mrs Talematsu Syunichi,Mrs Tomiki Takao.


  金沢東ロータリークラブの交換留学生(高校生)が大樋美術館を訪れた。
 友人である松本浩平氏(株 アドマック代表取締役社長)が交換留学生の委員長をされているそうで引率されてのことである。
 彼は真面目な人格者なので、それが伝わっているかのように真摯な姿の高校生でもあった。
 美術館で大樋焼や茶道、工芸などの説明をさせて頂き、茶室「芳土庵」にて茶を喫した。
 とても新鮮だったようで私も嬉しくなった。

 私が昔、留学したBOSTON。今でも私の思い出が詰まっている。
 彼らが金沢に滞在する1年間、あるいは短期だとしても様々なことを経験してもらいたい。
 町の景色、人の姿、すべてが金沢の思い出となってくれれば幸いだ。

***********************************************************

■サマースクール学生の訪問/Visit of student of summer school

2009.06.30



 
 Piedmont College,そしてBridgewater State Collegeの芸術学部に所属する学生達の合同サマースクール
 右から2人目がChristopher M. Kelly、3人目がPreston Saunders。
 Students who belong to Department of Art of Piedmont College and Bridgewater State College visit the
 OHI MUSEUM. the second person from the right. Christopher M. Kelly and the third person Preston Saunders


 
 2009/07/09
 彼らを訪ねて初めて出向いた福井県越前陶芸村の共同窯にて、右から司辻光男先生、管理者でもある橋本直視氏。
 司辻光男先生は日展でも現代工芸美術家協会でも先輩でもあり不思議な縁を感じている。
 The Fukui Prefecture Echizen ceramic art village was visited for the first time. 、from right Echizen Potter
 Kasatsuji Mitsuo and Mr. Hashimoto Naomi. Kasatsuji Sensei is a senior and feels the curious coincidence also in
 Nitten(The Japan Fine Arts Exhibit and the Japan Contemporary Arts and Crafts of the present age.


  Piedmont College,そしてBridgewater State Collegeの芸術学部に所属する学生達の合同サマースクールが
 日本で行われて5年目を迎えた。毎夏、彼らの訪問を楽しみにしている。
 Piedmont College のChristopher M. Kelly ,Bridgewater State CollegeのPreston Saundersは両大学での
 陶芸での教授なのだが、彼らとは不思議な縁がある。
 この二人はRichard Hirsch教授のもとでニューヨーク州ロチェスターにあるRIT(Rochester Institute of Technology)
 で学んだ卒業生でもあり、私も客員教授であり教え子でもある。
 また私はBOSTON UNIVERSITY大学院でRichard Hirsch教授のもとで学んだので、同じ師をもっていることでもある。
 彼らが学生だった頃、私が滞在し行ったWORKSHOP(授業)をとても協力的に参加してくれたことが、今は懐かしい思い出でもある。

  また、1997年にRIT(Rochester Institute of Technology)から父が名誉博士号を賜った際に、
 (PILPT PROGRAM/OHI FOUNDATION)RITの学生2名が1年間大樋工房に研修留学できる制度を締結した。
 金沢工業大学(KAT)とも同大学は姉妹締結していることもあり、午前は日本語や歴史などを学び、
 午後は大樋工房で制作するといった充実したものである。あれから多くの学生達が巣立っていった。
 Preston Saundersもその一人だ。1999年度の研修留学生として金沢に1年間滞在した。
 帰国する時に彼は言った。「今に教授となってこの恩を語っていきたい。
 そして、自分の学生達を金沢で研修させたい。」あれから10年が過ぎた。
 毎年、彼は学生達を金沢に連れてきている。少しずつ実行してきていることは素晴らしいことだ。
 Christopher M. KellyはRITを卒業後、福井県越前陶芸村で学んだ。そして町の人々に歓迎され今でも交流が続いている。
 その中心になって支える方々は偶然にも私も懇意にさせていただいている方々でもある。
 故に彼らは毎年、金沢を訪れ、そして越前へ向かう。
 縁が縁を呼び、人は優しく支え合う。そのような出会い、有り難いことだと思う。

***********************************************************

■中川氏夫妻から茶事に招かれて/invited to the Tea Ceremony

2009.06.28



 
 茶事を終えて左1人目、3人目が中川先生ご夫妻
 Tea ceremony..finish..left.Dr.Nakagawa and Mr.Mrs.Nakagawa Sousetsu


 
 帰りに中川先生宅付近から見えた鈴鹿山脈、周りは茶畑だ
 The Suzuka mountain range and surroundings seen from the vicinity of the Dr Nakagawa house,
 also there is tea plantations.


  朝、着物を着用して(自らで着たのは初めての快挙!)名古屋のホテルを出発して中川夫妻の住む四日市へ出発。
 日曜日だから道も混んでいない、天気も最高!音楽を掛けサンルーフ全開。
 ところが四日市という場所の認識がなくNAVIに頼っていたのだが、なぜか高速を反対方向に30分以上走行してしまっていた。
 おそらくNAVIのUターン叫び声は、音楽とサンルーフの風で聞こえなかった、、、、、イコール茶事に遅刻、最低!!!

  とにかく茶事が始った。全くの正式の茶事だ。
 中川宗節先生は表千家茶道を長い時間にわたって修行されて来られた。
 そしてご主人が迎える81歳の誕生日(6/29)を茶事で祝うというのが趣旨なのだが、
 医師のご主人は今も現役で活躍されておりとても温厚なお人柄だ。
 夫妻がこのように茶を通じて仲睦まじく過ごされていることに感動した。
 また正客もとても茶の理解が深い御方で、とても和んだ雰囲気を演出頂いた。
 中川御夫妻の夫婦愛と人への慈しみを招待客皆が感じることができた、すばらしい一期一会の茶だった。

 幸せを感じながらの帰り道中。中川御夫妻、ありがとうございました。

***********************************************************

■名古屋まで一人車で/To Nagoya by my new car

2009.06.27



 
 金沢にある「小松弥助寿司」主人の森田さん。美しい姿の職人姿と味に惚れ込んだ全国からのファンで予約が取れない。
 Mr. Morita of "Associate sushi of Komatsu Yasuke" master in Kanazawa.
 The reservation cannot be taken with the fan from the whole country in which it fell in love with the workman
 appearance and the taste of a beautiful appearance.


  早朝から制作した。横浜から友人である野口夫妻と金沢「弥助寿司」で昼食を共にした。
 予約を取るのは大変な人気店でずっと楽しみにしていたが、衰えの無いご主人の絶妙な握りはやはり上手い!
 食後、そのまま車で名古屋に向って出発。
 購入してからすでに1年以上経過した車なのだが、ほとんど走行していない真新しい車だ。
 それくらい自らの運転で遠出するのは久しぶりなのだ。

  昨年、全通した東海北陸道。快晴の山中をIphoneで聞く音楽とエンジン音、
 心からDRIVEを楽しみ、、、、、途中から片側1車線でノロノロ、工事渋滞、、、、、
 米原経由のほうがストレスがないことが判明した。でもDRIVEは好きなので問題はないが!!!
 4時間で名古屋、伊左治邸に到着。今、邸内にある庭のデザインを監修させて頂いており進捗状況を確認。

  夜は5月名古屋髙島屋個展の際にインタビューして頂いた東海ラジオキャスターの深谷里奈さん、
 ご友人と共に焼肉「泰久館 (たいきゅうかん)」で会食。
 店のご主人に(多分気に入られて?)特別の御任せのMENUで実に美味しい肉を奥様が付っきりで焼いてくれた。
 それも特別のマッコリなどで、、、、、
 送ってもらった帰り道、覚えていないほどの熟睡だった。
 里奈さん、ごめんなさい。でも楽しかった!!!

***********************************************************

■坂東三津五郎丈紫綬褒章受賞を祝う会/kabuki actor Bandou Mitsugorou award celebration.

2009.06.22



 
 祝賀会で謝辞を述べる坂東三津五郎氏 於 東京帝国ホテル
 It offers a few words of thanks in the celebration. by Kabuki Actor Bandou Mitsugorou at Tokyo Imperial Hotel.


 
 坂東三津五郎丈と同じ句会のメンバー「国家の品格」藤原正彦氏、「漫画家」わたせせいぞう氏、
 「デザイナー」麹谷宏氏、「香道志野流若宗匠」蜂谷宗苾氏、「テレビキャスター」石井希和氏などと共に
 "Race of nation"Mr. Masahiko Fujiwara、"Cartoonist" Mr.Watase Seizou, "Designer" Mr.Kojitani Hiroshi,
 "Incense Koudou " Mr.Hachiya Sohitu,”Television caster"Mrs.Ishii Kiwa, are same member of Mayuzumi Madoka HAIKU SCHOOL.


  坂東三津五郎丈とは、黛まどか氏主宰の句会で同じだ。
 祝賀会も句会のメンバーでもある「国家の品格」藤原正彦氏、「漫画家」わたせせいぞう氏、「デザイナー」麹谷宏氏、
 「香道志野流若宗匠」蜂谷宗苾氏、「テレビキャスター」石井希和氏をはじめとして多彩な顔ぶれが参加した。

  坂東三津五郎丈は、すでに数年前に日本芸術院賞を受賞されている。
 将来、日本芸術院会員になられる可能性を秘めた、国家が認めた最高の人格者である。
 門外漢の私が述べるべきではないかもしれないが、
 紫綬褒章は通常では重要無形文化財保持者が指定を受ける前の段階の賞であると私は認識している。
 無論、日本芸術院会員の制度と無形文化財保持者の制度は大きな相違がある。
 彼は芸術という世界の現代という革新と、伝統的な技を継承し伝えるという両側面を極めているという証なのでもある。

 私なりに調べてみた。
 日本芸術院賞
 芸術上の功績顕著な芸術家を優遇するための栄誉機関。
 文化庁の所管。昭和22年(1947)帝国芸術院から現名に改称。
 第一部美術、第二部文芸、第三部音楽•演劇•舞踊に分かれ、会員は終身で120名以内。
 毎年、芸術に貢献した者に恩賜賞•芸術院賞を授与する。

 紫綬褒章
 学術•芸術上の、発明•改良•創作などの業績の著しい人に授与される褒章。
 綬(リボン)は紫色。昭和30年(1955)制定。

 無形文化財
 演劇•音楽•工芸技術その他の日本の無形の文化的所産で、歴史上または芸術上価値の高いもの。
 そのうち特に重要なものを文部科学大臣が重要無形文化財として指定し、併せてその保持者または保持団体を認定する。
 保持者を俗に人間国宝という。

***********************************************************

■裏千家周防支部での講演会

2009.06.21



 
 裏千家周防支部での講演会 於 山口県下松市民交流センター


 
 裏千家徳山地区2青年部の皆さんとの懇親会


  今日は夏至。一年で一番陽が長い日。
 陰陽で陽が際立ち、人は陰を忘れがちになるのかもしれない。

  周防と書いて「しゅうぼう」とは読まない。
 「すおう」誰もが知っているようだが?私は堂々と「しゅうぼう」と疑いなく読んでしまいそうだった。
 そこに位置している下松「くだまつ」これも「しもまつ」と読んでしまいそうだが、
 その「くだまつ」市民交流センターで100人(主催者発表、新聞のように書いてみた)の参加者に話しをさせて頂いた。
 講演時間は2時間。

  人には様々な背景がある。地元青年部の一人、米国在住20年のミュージシャンと出会った。
 彼は母親の介護のために4年前に帰国してここ徳山に住んでいるそうだ。
 彼はとてもいい眼力をもった好青年で、会話が深く印象的な時間を過ごした。
 茶道を志すことで出会うことができたが、いつも稽古を積んでいくことだけではない。
 時間はそれを許してくれるはずだ。是非、後悔ない時間を過ごしてほしい。
 彼の背景を感じてから、なぜかそのことで頭がいっぱいになってしまった。

 そして竹村宗美幹事長先生、河村素代子先生はじめ親支部先生方、地元青年部の仲間達の熱いもてなしに深く感謝したいと思う。


 ちなみに夏至の日に一句

 短夜に語り尽くせぬ茶の仲間

***********************************************************

■岩国での講演会

2009.06.20



 
 両脇には小林英三氏と夫人の真紀さん、彼女は金沢出身で裏千家岩国支部にしき青年部部長でもある。
  そして偶然その場所で遭遇した地元の陶芸家 山田哲生氏、彼とは兄弟分のような関係を感じている


 
 講演会に参加された方々。於 岩国市中央公民館


  昨晩は珍しく錦帯橋前の旅館で一人静かにしていたところ、昨年の裏千家青年部西中国ブロック長 松田しげみ女史よりMAIL!!!
 「何してる?岩国にいること判明!」地元青年部が会いたがってるよ?」
 返信は「OK!」10分後には金沢出身で地元の青年部 小林真紀部長が迎えにきてくれた。
 飲み会の始まり!始り!

  するとそのBARにはいつも日展や現代工芸展などで顔を合わせている陶芸家 山田哲生君と遭遇、彼も驚き私も驚き、
 彼は岩国在住だったのだ。意気投合して飲んだ飲んだ!朝の目覚めは全身アルーコール酢け状態でもあった。

 13:00これからが本題
 裏千家淡交会講師として岩国支部に招かれたのだが、親先生、青年部会員、合同での定期巡回講演として「温故知新!」と「温新知故?」
 というテーマで話しをさせて頂いた。
 2時間の講演時間、聞いた方々はあっという間?それとも苦痛?
 私には解らないが、茶道、風水、神道、工芸などの関わりについての考え方を述べさせて頂いた。

 15:41
 皆に送られて「こだま」で次の徳山駅まで移動。
 まるで昨日の再現のように駅には幹事長先生などの出迎えを受けてホテルにチェックインしてこのBLOGを書いている。

***********************************************************

■岩国錦帯橋にて

2009.06.19



 
 「錦帯橋」は木造で五連の反り橋


  今、何故か錦帯橋が眺められる旅館にいる。
 今日は朝4時頃まで仕事をしていた。そして、東京に行く準備をして休もうとしたのが4時30分、外は明るくなっていた。
 そして眠ろうとした時、東京から移動する電車のチケットを確認しておこうと思い鞄の中の封筒を開けた。

  6月20日、21日と裏千家巡回講師として山口県岩国市、徳山市で講演に出向くことになっているので19日に東京で用事を済ませて、
 翌日に新幹線で岩国に入る事にしていた。切符を見ると6月19日12:00に品川発となっている。
 「えっ?今日は何日?早朝でわからない!」携帯を見たら19日となっている。スケジュールの入力を完全に1日を間違えてしまっていた。
 (電子手帳を20年以上前から使っているが初めてのミス)

  朝、本来であれば小松空港から羽田空港だったのを急遽変更して「サンダーバード」で金沢から新大阪、
 「のぞみ」で広島、乗り継いで「こだま」で新岩国、長かった!
 駅には着物での現地裏千家幹部の先生方の出迎えを受けて、今に至る。間違えて東京行かなくて良かった!
 “ホッ!!!
 それにしても「錦帯橋」は木造で五連の反り橋で向こう側から武士が歩いてくるような昔がそこにある場所だ。
 岩国城がそっと頂から眺めている景色はロマンチックだが、大きな部屋の真ん中に布団、
 そして一人、夜がふけていく。

***********************************************************

■雑誌「和楽」取材

2009.06.17



 
 カメラマンの阿部氏。以前、婦人画報での辰巳啄郎氏との取材の際も写真を撮って頂いた。
  茶室「芳土庵」にて


  「和楽」はとても高いレベルの取材を通じて、富裕層の読者ファンをもつ雑誌として知られている。
 今回は今までにない金沢特集ということで、編集者も意気込んでいるようで、私も取材を受けさせて頂いた。

  金沢は「手仕事の町」。
 このフレーズは、山出金沢市長が考案された世界に発信する市政のPRキャッチでもある。
 先般も大阪大学教授 佐々木雅幸氏、地元金沢経済同友会副代表幹事 福光松太郎氏が中心となって展開してきた、
 ユネスコ(国連)が主宰する世界創造都市ネットワークに金沢市が「工芸都市」として登録を受けたばかりでもある。
 私はこの仕事にも関わらせて頂き、とてもいい経験となった。

  金沢は「手仕事の町」なら「手作りのもてなしの町」でもあるはずだ。
 期待して訪れる人々を裏切らない、心ある町となるよう私も努力したいと思う。

***********************************************************

■イリノイ大学郡司教授の表敬

2009.06.16



 
 左にイリノイ大学教授 郡司紀美子先生、右に田島洋一氏。茶室「芳土庵」にて


  米国イリノイ大学日本館館長で芸術学部教授をも務める郡司紀美子氏と田島洋一氏の表敬を受けた。
 田島氏は以前にイリノイ大学に留学された際に現地に住むSTTEGERDA氏がHOSTとしてHOME STAYされたことがあるそうだ。
 そして彼は同大学教授の郡司紀美子氏にもSTTEGERDA氏を紹介したそうなのだ。
 実に20年以上前のことであり、今も交流を続けているそうだ。

  世間は狭い!驚いたことにそのSTEGGERDA氏は私の留学時代の作品のコレクターでもあり、
 子女は同じBOSTON UNIVERSITYの後輩でもあるのだ。
 そのSTTEGERDA氏、イリノイ大学に私の作品を郡司教授を介してつい先日、寄贈されたのだ。
 そのことが縁で今回の表敬を受けることにもなったのである。

  作品の写真を見せて頂いたが、1984年にボストン市役所で個展を開いた時の出品作であった。
 その時が生まれて初めての個展、留学経験の集大成でもあり様々な想い出が蘇ってきた。
 長い時間をかけて望んだ個展のレセプションを終えた翌日、達成感ではなく脱力感が襲った。
 「ゴールの先に次の夢を抱いていなければならないことを知った」そのような経験が頭を駆け巡り、
 また出会った友人を想い出し、一生懸命話して下さっているお二人の前で、思わずTIME SRIPしてしまった。

 遠い所からわざわざ金沢まで、ありがとうございました。

***********************************************************

■金沢大学客員教授称号授与

2009.06.12



 
 2008/02/14 雪の工房での昨年の受講生達


  金沢大学客員教授の称号を中村信二大学長から任命を受けた。とても栄誉なことだ。
 1992年、宮下孝晴教授の教育学部で初めて授業させて頂き、
 1998年、佐々木雅幸教授(大阪市立大学院創造都市研究科)の経済学部でのゼミ、
 留学センターでは1997年よりパリハワダナ ルチラ教授のもとで日本の工芸史、長い間に渡り教鞭をとらせて頂いている。
 最もユニークなのは1997年から岡沢孝雄教授のもとで茶道、陶芸実技を毎年6回にわたり大樋美術館、茶室「芳土庵」、
 工房で授業を行ってきており、世界各国おそらく400人以上の学生が自らが制作した作品を留学の想い出として所持している。
 
  そのようなことがあってか金沢大学客員教授の称号を賜った。
 私のアシスタント阿部君も経済学部で私の授業を取った事が縁で私の側にいてくれている。
 このことは最も大切な出会いと境遇を頂いたことでもある。
 金沢大学客員教授として恥じない品格を身につけていきたいと思う。

 

***********************************************************

■(財)国際茶道文化協会茶会 於 東京ニューオータニホテル

2009.06.11



 
 右 森明子先生、米国留学時代から米国、ヨーロッパなど訪れたほとんどの国々の茶道関係者をご紹介頂いた


 
 茶席に用いられた「方舟水指」


  (財)国際茶道文化協会(坐忘斎家元夫人千 容子様会長)は数々の国際事業を行ってきた。
 一昨年4月2日、東京都品川区の新高輪プリンスホテル茶室・恵庵において、「桜の茶会」を各国大使や外交官、
 そして協会関係者などを対象に、デザイナー麹谷 宏氏が濃茶席を務めた。
 さらに、伊住宗匠と交友があった俳優の辰巳琢郎氏、 川島なお美氏、米倉涼子氏、そして私が亭主となり、濃茶を錬ったこともある。

  参考:http://www.chado.or.jp/bunkakyokai/news/tayori/sakura2006/sakura2006.html

  森明子先生は長く裏千家国際部部長を務められた。
 海外で茶道が普及していった軌跡と森先生の人生は同じことであるかもしれない。
 私の米国留学時代から今日まで、私も本当にお世話になった。海外に出向き茶道関係の方々と出会うと必ず森先生の話題となる。
 その森先生が(財)国際茶道文化協会の総会に席主となって茶会を開かれたのだ。

  先般2月2日、故 伊住宗政和氏の7回忌が京都大徳寺で営まれた。
 その際、列席させて頂いた私は森先生ともお会いした。先生は私に「国際茶道文化協会は伊住宗匠が中心となって活動してきたので、
 私の茶席では伊住宗匠の友人だった貴方に方舟水指を造ってほしいの!」伊住宗匠をお忍びすることにもなり、
 そして何より先生の熱意がとても嬉しかった。そして今回の茶席での披露となったのである。

 坐忘斎御家元が考案された立礼棚に私の水指が飾られていて、とても光栄な瞬間だった。

***********************************************************

■51歳となった日

2009.06.08



 
 ホテル日航金沢から届いた大きなBIRTHDAY CAKE。私の愛車をモチーフにしてくれてとても愉快だ。
  ホテル従業員一同からとのMESSAGE、皆様、ありがとうございました。


  この前、遂に50歳になったばかりでかなりのショックがあるなかで、もう51歳となってしまった。

  しかし、誕生日は子供の頃から特別な時間なのは事実で、
 誰もが自らを褒めてあげた中で何かを待っているかのような不思議な気持ちになる。
 朝から花が届く、宅急便が届く、電話が鳴る、そして昨年と比べてしまう自分。
 毎年、プレゼントは減少しながら義理化しているかもしれない。
 しかし、BOSTON在住で私を忘れずに必ず電話を頂くAikoさんのように、嬉しい出会い確認の時でもある。

 後、東京で学生生活を過ごす長男からの上から目線のMAILがユニークだった。載せると怒るかな?

 「パパへ!」
 HAPPY BIRTHDAY!!!!〓50歳をあっという間に過ぎました!

  人生に後悔のないように!僕ぐらいの年齢で描いていた夢は現実になっていますか?
 人間、意欲、感情を忘れてしまうと終わりです。
 これからの日々、夢に向かって作家として成長していくパパを僕たちも楽しみに見ていきたい、そう思っています。

  可能性を感じない作家なんて終わってる、最近そう思います。
 その点、息子という立場を外してパパを見ても、これからが楽しみな作家です。
 自分の夢に向かって、ちょうど僕ぐらいの時に抱いていた夢に向かって、突き進んでください。
 家族の誇りです。僕たちは心から応援しています。
 毎日ありがとう。そしてチャレンジャーであり続けてください〓〓

  このMAILかなり的確!はい頑張ります
 夢!そうだよな!!!
 出会いで今の自分があること。
 明日がやってきてくれる自分でいれること。
 総てが感謝だと思う。

 また次の誕生日まで頑張ろう!!!

***********************************************************

■韓国全州市長 宋河珍市長 大樋美術館表敬

2009.06.07



 
 韓国・全州市 宋河珍市長、全州市議、職員、報道関係者らが大樋美術館を表敬訪問
  邸内茶室「芳土庵」にて


  金沢市の姉妹都市のひとつに韓国・全州市がある。友好な交流が続いていて、
 私も3年ほど前に金沢市からの依頼で全州市を公式訪問したこともある。
 その際には会議のパネラーとしての参加、現地の芸術家との交流会などのも出席した。
 町の印象も伝統を重んじる気風があり金沢と類似している。
 昨夏に竹島問題が再燃したが苦難を乗り越え、交流が再会した。
 
  そのような縁もあって宋河珍市長、全州市議、職員、報道関係者らが大樋美術館を表敬訪問された。
 美術館を案内させて頂いたが、美術に造詣が深く市長自身も書を嗜まれていて興味深くご覧になれていた。
 そして邸内にある茶室「芳土庵」にて母の点前で一同に抹茶を喫して頂いた。
 父 長左衛門がその日のために高麗青磁や新羅土器などを用意しての茶席となったことで、
 朝鮮半島に古きから日本人が敬意を抱きながら茶をしていたことを理解頂けたのではないだろうか。
 
  金沢市は手作りの町、そして訪れて来られる人々をいかに心からもてなせるか問われている。
 一助になれればと真摯に取り組んでいきたいと思っている。

 

***********************************************************

■浅野太鼓創業400年記念祝賀会 於 白山市グランドホテル松任

2009.06.06



 
 出雲の國道川神社社中のパーフォーマンス
  ステージがとても神懸かりで次々に繰り広げられるパフォーマンスは芸術性の高いものであった


 
 右から浅野太鼓17代当主 浅野義幸氏、中央が弟で専務の浅野昭利氏、そしてそのご子息達


  和太鼓を造り続けて400年、長い歳月だ。炎太鼓は今や有名な女性太鼓打ちの草分け的存在だ。
 印象的なことがひとつある。20年ぐらい前になるが、飛騨高山に美術館ができた時、世界一大きな太鼓を浅野太鼓が制作した。
 アフリカの1200年の樹齢の木を輸入してそれをくり抜き作るので、世界一と日本一、
 そしてかなり大きな合計3点の太鼓がひとつの木から出来上がり、それを炎太鼓のメンバーが山々に向って打った。
 音は地を張り大空に向い響きわたり、私は大きな感動を覚えた。
 
  浅野太鼓は和太鼓を制作するだけではなく、数々の文化事業を行っている。
 たとえば外務省などが中心となって行う外国で行われる日本週間で、浅野太鼓チームが演奏を行っている。
 また地元白山市では毎年様々な人々を招き、コンサート的イベントを主催している。
 また財団法人浅野太鼓文化研究所を開設しており、出版、太鼓教室、講師派遣、歴史調査などを行ってきており、
 私も財団の理事を務めさせて頂いている。
 
  記念祝賀会は盛会で数々の来賓が招かれていたが、ステージがとても神懸かりで次々に繰り広げられる
 パフォーマンスは芸術性の高いもので見入ってしまった。
 神の存在を感じて400年の仕事の継続は、不可思議なことの連続だったに違いない。
 浅野太鼓17代当主 浅野義幸氏、弟で専務の浅野昭利氏、そしてそのご子息達の今後の発展を祈りたい。
 
 
 参考:http://www.asano.jp/ 
 
***********************************************************

■北の湖部屋訪問

2009.06.04



 
 部屋を訪れた時、土俵を臨む親方が座る位置に我々も座らせて頂いた。
  背後には床の間、神棚、神が宿る聖域だった。
   左から北桜関、松井英光氏、自分、英光氏の友人 藤田真氏


 
 部屋の中で左から大露羅(三段目東12枚目)、右に北櫻関
  とにかく大きい


  路上を歩いていると独特の髷を結う際に用いる鬢付け油のにおいが漂ってくる。
 大勢の力士が路上にいて大鵬部屋を通りすぎると、北の湖部屋が見えてくる。
 初めて相撲部屋を訪れた。 

  友人 松井英光氏が誘ってくれた。
 彼は広島出身でいかなる場でも「広島弁」で会話をする。そして広島出身で活躍する友人も多くもっている。
 北の湖部屋には北櫻という人気力士がいて、英光氏とは広島での小学校が同じなのだ。
 もちろん英光氏が先輩となるのだが、、、

  北櫻関は38歳、幕内に在位していたが怪我で幕下まで転落した。
 そしてその怪我を克服して次の名古屋場所では十両に復帰するらしい。
 彼は品格も容姿も美しい力士だった。
 ちゃんこ料理を振る舞ってくれたのだが、我々の背後には大勢の若手力士が見守りながらの昼食で、
 相撲界の仕来りを垣間みることもできた。

  部屋を訪れた時、土俵を臨む親方が座る位置に我々も座らせて頂いた。
 背後には床の間、神棚、神が宿る聖域だった。
 風水や神事など昔から古代日本人が伝えようとしたことを余りにも都合で今の時代に変えてしまっているのではないかと
 危惧を抱いてしまうほど、神聖だった。

***********************************************************

■黛まどか氏との百夜句会

2009.06.03



 
 黛まどか氏との百夜句会の後、西麻布のワインバーで常に俳句でも多彩さを発揮する辰巳啄郎氏、
  最初は私と同レベルだったが先を越されたテレビ朝日プロデュサー松井英光氏


  黛まどか氏が主宰する百夜句会すでに53夜を迎える。今回は銀座にある『LA BETTOLA bis』(ラ・ベットラ・ビス)で開かれた。
 多彩なメンバーで、歌舞伎俳優 坂東三五郎氏、俳優 辰巳啄郎氏、国家の品格著者 藤原正彦氏、漫画家 わたせせいぞう氏、
 マラソンランナーだった増田明美氏、他に文化、芸能、マスコミなどで活躍している方々など様々だ。
 その末端に私もメンバーとして参加させて頂いている。

  俳句とは劣等生の私が述べるべきではないのかもしれないが、実に日本の風情を再考するいい機会である。
 飛行機、電車、車、滞在先などで眼にする様々な景色から俳句を想定してみるのだが、時間が経つに連れて修正され駄作となっていく。
 写真も趣味であるので同じ気持ちで重いカメラを持ち歩きながら撮影を繰り返している。
 しかし、俳句を想定して考えを巡らせてみると、浮かんでくることは何かデザインの原点のようであり、俳句、写真、
 そして自らの陶芸家としての作品にも連動していることに驚いている。

  いずれにしても私は漢字を知らない。歳時記を知らない。字が書けない。歴史を知らない。知らないだらけだ。
 句会で劣等感を味わい、二次会で鬱憤を晴らす。これが私の句会かもしれない。
 しかし、知らないことを知り解決していくことは何歳になっても続けるべきことだ。
 そう信じて参加している。

***********************************************************

■社団法人 現代工芸美術家協会評議員就任

2009.06.03



 日本現代工芸美術展を主宰している現代工芸美術家協会から、評議員就任の手紙が昨日届いた。

 日本現代工芸美術展で、「現代工芸賞」「本会員賞」「東京都知事賞」の受賞や日展で審査員を務めたことで評議員となった。
 とても光栄なことであり、作品を通じて品格ある作家となれるよう精進していこうと思う。


  参考ブログ 2009.03.26第48回日本現代工芸美術展開幕
 
***********************************************************

■大阪髙島屋個展再び

2009.05.31



 
 乾 由明 先生。米国留学も含めて学生時代からずっとお世話になっている。
  これからの制作に勇気がもてる生涯忘れる事のない有難い時間だった。


  29日から再び大阪にやって来た。今は31日の朝7時。

  髙島屋美術部設立100周年記念ということで、日本画、洋画、彫刻、工芸などから超メジャーな作家だけが指名されているなか、
 私も名を連ね個展ができることは光栄なことだ。しかし、社会は100年に一度の世界的不景気と言われているが、
 美術の領域にも当然大きな影響があるようだ。
 また、関西で発生してしまった新型インフルエンザ。その風評被害は計り知れない経済的ダメージがある。

 そのような環境下での大阪髙島屋個展は大きな試練であり、私自身もとても心配だった。

  27日に始ったこの個展。28日に新型インフルエンザ終息宣言が発表されたそうで、賑わいが戻ってきた。
 個展会場も大勢の来訪者で賑わい始めた。
 このような状況であるから昔からの縁故や友情を強く感じることができるのだが、言葉に表せない感謝の気持ちが込み上げてくる。
 そのことをどうしても書き記したくなった。

  乾 由明 先生。米国留学も含めて学生時代からずっとお世話になっている。
 京都大学教授、金沢美術工芸大学学長、国際陶芸アカデミー副会長などを歴任されて現在は兵庫県立現代陶芸美術館館長をされており、
 日本の美術、工芸を語る第一人者だ。米国ではCRITICと言うのだが、
 作品を作者が説明しながらその都度コメントを求めるという独特の教育方法がある。
 先生とは自然にそのような会話となるのだが、厳しい方だから滅多に褒める事はない。
 だが初めて作品を褒めて頂いた。もちろん問題点もご指摘頂いた。
 これからの制作に勇気がもてる生涯忘れる事のない有難い時間だった。

  池田周弘氏、廣田元孝氏の友情。一晩飲み明かしながらの会話はわすれない。
 そして、このような社会となってしまったが、変わらずに温かく見守り頂く方々の縁故に深く感謝したいと思う。
 ありがとうございます。
 
***********************************************************

■三谷研究開発支援財団選考委員会

2009.05.28



 
 三谷研究開発支援財団選考委員会
  左から白山ゴルフ(株)取締役 真柄宏司氏、加賀屋取締役副社長 小田興之彦氏、
   富士通名誉会長 山本卓眞氏、米国サンフランシスコ在住 デフタパートナーズ会長 原 丈人氏、


 
 三谷研究開発支援財団、三谷育英会の合同役員会、中央奥が三谷美智子氏


  石川県下にある公立大学に(金沢大学、北陸先端技術大学、石川県立大学、金沢美術工芸大学)毎年、
 社会に貢献しうる研究PROJECTに財団法人 三谷研究開発支援財団は総額800万の助成を行っている。
 私はその選考委員を務めさせて頂いている。
 今回は米国サンフランシスコ在住 デフタパートナーズ会長 原 丈人氏、富士通名誉会長 山本卓眞氏、加賀屋取締役副社長 小田興之彦氏、
 前真柄建設社長 真柄宏司氏とともに選考委員会が開かれた。

  13:00選考委員会開始。(金沢ANAホテル)
 稲の研究、金時草(加賀野菜)の品種改良、肺癌の早期発見、様々だ。
 事前に応募された28の研究を分厚いファイルから事前学習していたが、
 やはり各研究者に許された5分間のプレゼンテーションにて得る知識からの判断にゆだねることが多かった。
 原氏、山本氏の広範囲にわたる深い知識には驚くばかりでもあった、、、、それに比べて私の教養!とても考えさせられる、、、、、
 いずれにせよ、研究者は、夢を設定し実現に向けての努力を惜しまない。アートの世界と変わらない。

  三谷育英会、三谷研究開発支援財団、その役員会が合同で開かれた。
 故 三谷進三氏の遺志を夫人 三谷美智子氏が引き継いで行われている留学生に支援する三谷育英会、
 そして研究を助成する研究開発支援財団。
 数えきれない人々が感謝を忘れることなく社会に貢献している。

  それにしても、夫人の三谷美智子氏の神々しい姿はいつも印象的だ。
 そして会長である三谷充氏をはじめとした御家族との温かい関係、社会基盤の手本のようでもある。
 
***********************************************************

■第15回記念 現代工芸金沢「円」会展開幕 於 金沢香林坊大和

2009.05.28



 
 金沢香林坊大和、美術画廊での会場風景


 
 会長 大樋長左衛門も訪れての研究会


  現代工芸美術家協会の金沢在住者で作る「円」会(会長 十代大樋長左衛門)は15年の節目を迎えた。
 現在29人の会員が約120点を出品した。
 
  毎年3月に開催される日本現代工芸展、5月にはその巡回展としての石川展、そして11月には最高レベルの日展がある。
 そのことで作家は自らを主観的に、そして客観的にとらえながら制作していけるのだ。
 
  「円」会は現代工芸展や日展で全員が入選する保証もなければ、毎年誰かが受賞するわけでもない。
 ある時は師匠が落選することもある。公募展とはそのような厳しさが待ち受けている。
 「円」会は最新の試作作品を自らに問いかけて、秋の日展に望む機会ともなるのだ。
 
 参考 2009/05/29北国新聞朝刊 (19)地方社会
 
***********************************************************

■大阪髙島屋個展

2009.05.27



 
 JR大阪駅はマスク着用者ばかりだ


 
 大阪髙島屋6階美術画廊


 
 会場には山村御流 石橋先生、小倉先生が私の作品に生けてくれた花が飾られている。


  昨日、大阪に住む裏千家重人、廣田元孝氏と電話で話した。
 「明日からの個展、インフルエンザの影響大丈夫ですかね?」彼曰く「そんなもん終息しましたわ。みんな騒ぎ過ぎですわ。
 明日のロータリークラブの講演、ほんまお願いしますわ。」そのような会話をしたのだったが、、、

  早朝にサンダーバードで金沢を出発。電車の中は、私と数人で貸し切り状態の車両だった。
 到着したJR大阪駅も地下鉄御堂筋線も皆がマスクを着用している。テレビで観たあの光景だ。
 (廣田さん、話しが違う!)そっとマスクを着用したのだった。

  10:00開店と同時に6階美術画廊に到着。
 画廊の人達が整列してくれていて(誰もマスクはしていない)作品の陳列変えを一緒にして、展覧会がスタートした。
 そして午後には大阪北ロータリクラブでの講演も行った。

 私は、今日27日、29 日(金)30日(土) 31日(日)と画廊に滞在するつもりだ。
 
***********************************************************

■大阪北ロータリークラブ例会に招かれて

2009.05.27



 
 5月27日(水)大阪北ロータリークラブでの講演
  大阪新阪急ホテル2階「花の間」


  裏千家重人・廣田元孝氏から半年前ぐらいに大阪北ロータリークラブでの講演依頼を頂いた。
 大阪髙島屋個展と同時期に合わさせて頂き、今回の機会を得ることができた。
 そして昨日、廣田元孝氏と電話で話した。「明日、大丈夫ですか?」(新型インフルエンザ)彼曰く「そんなもん終息しましたわ。
 みんな騒ぎ過ぎですわ。明日のロータリークラブの講演、ほんまお願いしますわ。」そのような会話をしたのだったが、、、
 会場には120人ぐらいの参加者が!!!
 朝、大阪駅で見た景色とは全く異次元のようで驚いた。
 結局、内と外ではこれだけ情報にずれが生じていて、風評が先走りしていることを実感した。
 そして、ロータリークラブの例会は昼食があり、その後に卓話(講演)となるのだが、食後に帰ってしまう方もいる。
 今日は誰もそのような人はいなかった。

  大阪は祖父(九代長左衛門)、父(十代長左衛門)、そして私、昔から大勢の方々からの有難い縁故がある。
 今日の大阪北ロータリークラブ例会での講演では祖父や父を知る人などにもお会いした。
 長い御付き合いを頂いている鴻池一季氏(鴻池組会長)、茶道の先輩、そして兄貴のような存在の池田周弘氏も駆けつけてくれた。

  池田周弘氏、廣田元孝氏は茶道裏千家家元を支援している方々だ。
 それは「君!」となれば「ハイ先輩」となる関係なのだが
 勿論、そのような扱いをする方々ではないが、それくらいの尊敬する兄貴達なのだ。
 昔、船で中国までの研修で共に乗船させて頂いた関係で同じ村の住人のようでもあり、学生時代の先輩、後輩のようでもある。
 そのような方々から薫陶を受けられるのも、裏千家茶道を学び青年部活動をさせて頂いたお陰であると思っている。

  講演を終えた私が廣田氏と車に乗ろうしたホテルの玄関で声をかけられた。
 「感動しました。今の日本、貴方のような元気な人が文化を創っていって下さい。」嬉しい言葉だった。
 本当に実践できるような頑張る気力を頂いた。

 名刺交換させて頂いた大勢の大阪北ロータリーの皆様、ありがとうございました。
 
***********************************************************

■小林啓文先生夫妻の茶事 於 東京吉兆

2009.05.23



 
 小林啓文先生夫妻の茶事 於 東京吉兆
  茶席の後の会食 左奥は小林啓文先生


  小林啓文先生はSOFTBANKの顧問弁護士を務めるなど政財界に深く関わる仕事をされているが、書や陶芸など多彩で数寄者でもある。
 先般、御夫人は裏千家家元より教授の資格を与えられた。
 その慶事に茶会を催されたのだが、その応援団長は昔の松永耳庵と益田飩嚢のような現代数寄者、
 大林組会長・大林剛郎氏、駿河銀行頭取・岡野光喜氏でもあった。

  濃茶席は裏千家家元から贈られた軸、茶杓を用い夫人が濃茶を練られた。
 主茶碗は不肖私の茶碗。裏千家家元が「壷中天」という銘がつけられていた。
 宗家・桜井宗養先生が正客を務められ、私は次客として座らせて頂いた。

  薄茶席は小林先生自らが点前をされた。床は僧侶が書いた軸だと思ったのだが、驚いたことに小林先生自筆のものだった。
 長年のコレクション、自らが造られた茶碗などを用いられて、多彩で粋な数寄者であることが明確だった。

  宴席は大林会長の司会で大変な盛り上がりであった。そのような仲間に入れて頂いたことはとても光栄だった。
 滅多に行けない東京吉兆、美味しいカリフォルニアワイン、そして最高の仲間、これぞ現代版茶事なのかもしれない。

 小林先生、奥様ありがとうございました。すばらしい茶会でした。
 
***********************************************************

■横山氏が語る加賀の歴史

2009.05.20



 
 加賀八家横山家16代当主 横山隆昭氏が語る加賀の歴史


 
 前田家18代当主 前田利祐様を迎えての梅鉢会参加者


  加賀八家とは前田利家から始った加賀藩の家老8家を意味している。
 もちろん長い江戸期においては多少の変動はあったにしても、徳川幕府のお目付役であったり、
 忠誠を誓う家であったりと役目は様々だ。
 今回、講演された横山氏は八家の中では筆頭家老であった本多家に次ぐ待遇を受けた横山家直系18代となる方である。
 金沢市内には本多町もあれば横山町も存在しているのだが、江戸期の城下町そのものなのだ。
 横山家には代々伝えられてきた数々の地図が所蔵されている。
 畳八条におよぶ世界地図は、現在のものとほぼ類似ている。
 城下町地図も現在の金沢と類似していて、その頃の風情を想像できることに驚いてしまう。

  前田家18代当主 前田利祐様、八家のひとつ村井家当主 出席されての懇親会はまるで江戸時代の加賀藩の縮図でもあった。
 ただし、殿様や家老と直接に面会できることが可能になったのは、明治、大正、昭和、平成と変遷があってのことだ。
 戦災も受けなかった金沢は加賀藩の大きな恩恵を今も受けていることに感謝しなければならないのではないだろうか?
 
***********************************************************

■JR名古屋髙島屋個展

2009.05.06



 
 JR名古屋髙島屋個展会場
 
 
 
 JR名古屋髙島屋個展会場
 
 
 
 2009/05/06 東海ラジオ5/9(金)6:30-9:00「MORNINGあいLANDJ」の取材を受ける。深谷里奈アナウンサーとともに。
  以前、名古屋で行われた日本文化デザイン会議でもお会いした方だった。
   東京の知人を通じての出会いが会ったりで不思議な縁を互いが感じている。
 
 
  連休は制作と作品の構想を練り、書類整理もした。そして滅多にできないGOLFをPLAYした。
 とてもいい休暇となった。
 
  今日からJR名古屋髙島屋の個展が始った。金沢駅を早朝に出発して、名古屋に向う。
 連休はずっと晴天だったのに米原あたりから雨模様だ。
 
  JR名古屋髙島屋個展に到着。普段は前日入りして会場を飾り付けるのだが、
 昨日夜にどうしても大切な打ち合わせがあって立ち会えなかった。
 とても心配だったが、髙島屋本部の応援も得てのスタッフの設営は完璧だった。
 
  11:00,東海ラジオの取材を受けた。深谷里奈アナウンサーのインタヴューで5月9日(金)
 [MORNING あいLAND](6:30-9:00)の番組に紹介されることになっている。
 東海地域の方々はぜひ聞いて頂きたい。
 
  勘違い!私は今日移動したので、連休は昨日で終わったものと勝手に思っていた。
 個展会場に到着してしばらくは平日と思っていたのだが、会場に来られる方々の休日MODEから察知したのだが、、、
 まだ今日も休みだった。
 そう考えれば確かに特急「しらさぎ」も混んでいた!!!
 
 とりあえず名古屋には会期中滞在しようと思っている。個展、盛会になるといいのだが???
 
***********************************************************

■「近代日本美術の精華-東京芸大美術館コレクションを中心に-」石川県立美術館

2009.04.26

 
 
 
 
 開会式で祝辞を述べる東京藝術大学学長 宮田亮平氏
 
 
 
 自らの作品があることに驚いた父!!!懐かしそうに見入っていた
 
 
  昔、石川県立工業高等学校は県内屈指の芸術高校で、一部の学生は東京美術学校へ進学した。
 金沢で生まれ、東京美術学校(現東京藝術大学)を卒業し今日まで活躍した芸術家は日本の芸術や工芸に大きな影響を与えた。
 東京藝術大学大学美術館は数多くの貴重な藝術資料に基づき、このようなことが考察できる展覧会を石川県立美術館で催したのだが、
 とても興味深い展覧会である。

  開会式へ父とともに出席したのだが、展覧会は「近代」とあるので物故者のみと思い込んでいたのだが、
 何と父の作品までも陳列さていたのだ。考えてみれば、父も石川県立工業高等学校、東京美術学校へ進学した一人でもあるし、
 東京藝術大学大学美術館が作品も所蔵している。選ばれた100点の陳列のなかで現存する作家は二人だけだった気がする。
 父は大変驚いていたが、自らの作品を噛み締めるように眺めていた。

 開会式には東京藝術大学学長 宮田亮平氏、石川県副知事 山岸勇氏の挨拶などがあり大勢が祝ったなかで華々しく開会された。

 参考:http://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/event/0event.html 
 
***********************************************************

■辰巳邸「薔薇の会」に招かれて

2009.04.18



 
 辰巳邸「薔薇の会」にて、右からテレビ朝日プロデュサー松井英光氏、
  日本テレビプロデュサー桑原丈弥氏、漫画家わたせせいぞう氏


  友人、辰巳琢郎氏は同じ歳であり、「燦々会」(昭和33年生まれの仲間)の集まりでも一緒だ。
 ご両親は石川県出身だし、彼も出生は石川県なのだ。
 そして、夫人の真由美さんはテーブルコーディネートを木村ふみさんに学び、
 それを生かしながら実践することで彼の最大のサポータでもあるのだ。
 彼は芸能界きっての秀才、頭脳派の俳優なのだが、そういう位置づけを得られたのも二人三脚で懸命に活動してきたからだと思う。
 友人として常に尊敬してきた。

  何年続いているだろうか?この「薔薇の会」
 彼の成城にある自宅で盛大に催されるのだが、真由美夫人のコーディネートと彼のワインや食のこだわりは、心からのもてなしなのだ。
 毎年招いて頂いているが、招待客がどんどん増えてきた。そして様々なジャンルの人々だ。
 彼が多彩だからなのだろうが、今回は駐日オーストリア大使をはじめとして、
 芸能界のみならず音楽、句会、マスコミ、ワイン、食、、、etc,,,
 彼のお陰にて、ここで知人となって親交深くなった方々もかなりいる。
 人が出会うことを喜びとしている辰巳夫妻でもあるからか、本当に皆が仲間となっていく。

  今年、更に嬉しいことがあった。辰巳夫妻の令嬢は声楽家の卵。
 数年前から皆の前で彼女の友人がピアノを引きながら歌ってくれる。
 どんどん成長しているのが理解できる。
 そして夫妻の嬉しそうな姿が印象的だった。
 来年が更に楽しみだ。

***********************************************************

■「日本を語るワインの会」に招かれて

2009.04.17

 
 
 
 
 左から次男・専務 元谷拓氏夫妻、APAホテルグループ社長 元谷芙美子氏、財務省 池田洋一郎氏、
  ヌルーディン・ハシェッド駐日チュニジア共和国特命全権大使、APAグループ代表 元谷外志雄氏、
   田母神俊雄氏、山元学校学校長 山元雅信氏、そして私。
 
 
  APAグループ代表 元谷外志雄氏、APAホテルグループ社長 元谷芙美子氏、この御夫妻とは20年近くの御付き合いだ。
 自らの信念を夫婦で貫き通し、切り開いた道を今日まで歩んでこられた伝説的な人物でもあり、
 APAの急成長を私自身も見届けてきた気がしている。
 御夫妻とは海外旅行も何度かご一緒させて頂いたが、私には同郷ということだけではない親交を頂いている。
 
  APPLE TOWNという雑誌が毎月APAより発刊されている。
 以前(1995年6月号)にBIG TALKという取材で元谷代表と対談させて頂いたことがあるが、
 今回その雑誌の「日本を語るワインの会」とう取材で広尾にあるご自宅に招かれた。
 元谷御夫妻、そして次男・専務 元谷拓氏夫妻が参加され、招待客はヌルーディン・ハシェッド駐日チュニジア共和国特命全権大使、
 先般話題となった田母神俊雄氏、財務省スーパーエリート官僚 池田洋一郎氏、山元学校学校長 山元雅信氏、そして私であった。
 世界観、国家観など私には初めて耳にするような史実が会話となったのだが、ヌルーディン・ハシェッド大使は歴史家でもあるからか
 「100年過ぎて確かめられた事実が歴史の始まりとなっていく」と話されたことは印象的だった。
 
 今日の会話で学んだことがある。それは、「決断」をしなければならない時のことだ。
 二つの選択に常に迫られるのかもしれない。
 「自らの信念を貫きとおす」そして「自らの信念を人に理解を求めながら進める」どちらかを選ぶことに迫られると仮定する。
 
 さて、どちらを選ぶか?
 「道を開き、CHANGEできるか?」「孤立してSTOPしてしまうか?」
 あるいは
 「賛同をえてCHANGEできるか?」「人に巻かれてSTOPしてしまうか?」
 どちらにも賛否あって結果として成功、不成功の可能性を秘めている。信念が信念でなくなる場合もある。
 何が正しいのだろうか?
 その都度、明確な信念を持ち合わせて生きてきた方々が集まった会話だった。
 そのような場にいた自分がとても不思議だった。
 
 「自らの信念」強くもつこと!!!元谷代表ありがとうございました。

 この取材は2009年6月号に掲載される予定
 
***********************************************************

■東京・益田屋創業80周年記念個展 4月16日(木)ー28日(火)

2009.04.16

 
 
  参考:http://www.masuda-ya.co.jp/sub16.htm 
 
 
 益田屋ギャラリー会場
 
 
 
 添茶を担当してくれた友人でもある小澤宗誠氏
 
 
 
 台湾から東京に旅行中のLaurence Chiang氏が訪れる。私の個展とは知らずに益田屋ギャラリーに立ち寄った。
  彼とは台北で個展を2年前にした時に知り合い夕食を一緒した。偶然の出会い、まさに「再会」
 
 
  益田屋ギャラリーは著名なガラス作家である益田芳徳氏が所有されているギャラリーだ。
 そして、今年は益田屋さんとしては創業されて80年となる節目の時でもある。
 
  父・十代長左衛門も親交の深い方でもあり、また後継者となる方々も裏千家青年部活動を共にした事もあり、
 そのような縁もあっての創業80周年を記念した個展開催となった。
 
 ■ギャラリートーク
   4月18日(土)・19日(日) 午後2時より
 
 ■添釜
   4月16日(木) 裏千家 小澤宗誠先生
   4月17日(金) 裏千家 清楽会社中
   4月18日(土) 裏千家 正川宗宏先生
   4月19日(日) 大日本茶道学会 山﨑政樵先生
   4月20日(月) 表千家 鈴木宗康先生
   4月21日(火) 表千家不白流 金子宗瑛先生
   時間 午前11時~午後4時
 
 
  益田屋 
   東京都新宿区百人町2-20-17
   電話 03-3362-3281(代表)
 
***********************************************************

■名古屋髙島屋外商説明会

2009.04.14

 
 
 
 
 名古屋髙島屋外商説明会
 
 
  早朝6:46に金沢を出発、一路名古屋へ。
 新聞を読み始めて5分ぐらいだろうか?寝不足で深く眠ってしまった。
 気がつけばあっという間の米原、寝ぼけて新幹線乗換を大阪方面と間違えそうになったが、我にかえりおよそ2時間30分で名古屋到着。
 昨日までの春の陽気とは大違いで、嵐のような大雨となった。
 
  5月6日(水・振替休日)から12日(火)まで名古屋髙島屋で個展を開催する。
 父の陶冶斎拝命記念個展は大成功に終わったが、社会情勢はそう容易ではないようだ。
 それもあって図録も更にデザイン化したものを作成し、個展会場も現代空間のなかで提案できるようなものにしなければならない。
 これは髙島屋も私も共通した思いでもある。
 茶道関係、マスコミ関係などへの個展挨拶をした後、全外商部員の教養講座も兼ねて、個展の意気込みや作品の説明を行った。
 百貨店での展覧会では、彼らの存在はとても大切だ。
 そして反響は上々だったと思う。
 そして夜は美術部幹部の方々と会食をさせて頂いた。
 
***********************************************************

■裏千家 櫻井宗養先生十年祭茶会

2009.04.12

 
 
 
 
 茶席で我々に話される櫻井宗幸先生
 
 
 
 待合いで鵬雲斎大宗匠とともに、左側には戦中に撮られた大宗匠と櫻井宗養先生との写真などが飾られていた
 
 
  櫻井宗養先生は裏千家 鵬雲斎大宗匠の姉になられるのだが、亡くなられて10年の歳月が流れた。
 櫻井家は櫻井神社の神事によって営まれてきたので、10年祭の節目として盛大な茶会が開かれた。
 
  東京、高田馬場にある茶道会館。櫻井宗養先生の長女である櫻井宗幸先生、櫻井宗養先生の姉である塩月宗芯先生、
 裏千家関東第一ブロック、3席の茶席が設けられた。
 「十年祭」に相応しい、4月中旬とは思えない夏のような陽光を受けての茶会は、
 参加者全員が明るく生前の櫻井先生を忍んだに違いない。
 
  鵬雲斎大宗匠は待合いに飾られたご自身と櫻井先生との懐かしい写真をご覧になられ、
 居合わせた私達に想い出を語られたのだが、側にいた私は大宗匠の眼が涙で潤んでいたこと知っている。
 やがて坐忘斎家元夫人容子様や御親族、櫻井先生に師事された福田前首相夫人、
 町村前外務大臣夫人なども加わり皆で櫻井先生をお忍びした
 
  櫻井幸子(宗幸)先生は長女になられるのだが、私にとっても御宗家でありながら姉のような存在でもある。
 多くの社中を宗養先生から引継いだのだが、熱心な指導は政財界、そして学生にまで広がっている。
 きっと宗養先生もお喜びになられていることだろう。
 
 参考:http://www.urasenke.or.jp/textm/headq/soke/guest/guest020/guest020-1.html 
 
***********************************************************

■草月「家元講習会2009・春」での講演

2009.04.11

 
 
 
 
 私の講演前に迎え花を生ける勅使河原 茜 家元
 
 
 
 勅使河原 茜 家元が生けた花々の前で講演をする
 
 
 
 講演を聞いて下さった家元講習会参加者の皆様
 
 
 
 家元講習会終了後に茜家元とともに記念撮影。我々には強い絆がある!
 
 
  草月家元 勅使河原茜氏とは感慨深い友情がある。
 先代家元 勅使河原宏氏と父十代長左衛門は東京芸術大学で共に学び、互いが芸術家として友情をもって生涯を過ごした。
 残念なことに勅使河原宏家元は亡くなられてしまったのだが、今、後継を娘である茜氏が家元として新しい草月を牽引している。
 父親同士の縁で結ばれた茜家元と私は特別な絆があるのかもしれない。
 そしてそのような彼女をとても敬愛し友情を感じている。
 
  東京赤坂、草月会館での「家元講習会2009・春」に招かれた。
 茜家元は私の講演直前に、ステージ上において草月会館に所蔵されている父の作品2点にデモンストレーションを行った。
 そして同じく所蔵されている私の作品に「迎え花」として生けて頂いた。
 
  何と光栄なことだろう!品格をもった花々の前で講演!!!
 そして、草月を学ぶ年齢を問わない参加者の熱い視線は、私の講演だけではなく総てのカリキュラムに注がれていた。
 そのなかで最高の華の迎えをして頂いた茜家元に深く感謝を申し上げたいと思う。
 
 茜家元とは深い絆があることをあらためて感じた時間だった。

 

***********************************************************

■稲越功一さんを忍ぶ会

2009.04.10

 
 
 
 
 会場は花に溢れて稲越功一さんの生前の写真がたくさん並べられていた。
 
 
  写真家 稲越功一さんが、去る2月25日に亡くなられた。65歳だった。
 1970年に活動を開始して以来、多様な作品を発表されてきた。
 そこには信念と高い美意識が常に存在していた。
 
  田中一光氏に紹介頂き、初めてお目にかかったのは20年ぐらい前になるだろうか?
 それから「茶美会」「日本文化デザイン会議」などで何度となく出会いがあった。
 
  昔、東京での個展に訪れて下さり「田中一光先生にデザインして頂き私が君の写真を撮った本だすか?」
 そのように言って下さったことがあるが、実現しなかったことが残念だ。
 
  東京青山・シェ青山サロンでの忍ぶ会は大勢の人だった。発起人代表で画家の千住博氏の挨拶が印象的だった。
 「稲越さんは桜のような人だった。桜の花が散ることは寂しい。しかし桜はまた来年咲くために散っていく。」
 「稲越さんはそのような人だった気がする」
 そして、生前に稲越さんは察知していたのか、すでに千住氏に葬儀委員長を頼んであったそうだ。
 
 稲越さん!雲上での田中一光さん、伊住政和さんの写真を撮って送って下さい
 
 合掌

 

***********************************************************

■陶冶斎拝命記念 十代 大樋長左衛門展

2009.04.09

 
 
 
 
 陶冶斎拝命記念 十代大樋長左衛門展レセプションで挨拶する十代大樋陶冶斎、長左衛門
 
 
 
 個展会場前で握手する両親
 
 
  平成15年に裏千家今日庵にて鵬雲斎大宗匠から父は陶冶斎という斎号を拝命した。
 昭和62年、長左衛門を襲名した際には当時の15代鵬雲斎家元から茶名・宗年も拝受しているので陶冶斎宗年ということになる。
 そして私は16代坐忘斎家元から宗炎という陶芸家にとって誠に有難い茶名を拝受したばかりでもある。
 
  裏千家歴代家元が歴代大樋長左衛門に歴史上の恩恵だけではなく、深い理解と茶陶の在り方を指し示してくれてきたことで今の大樋焼が、
 そして我家が存在していることに深く感謝しなければならない。
 今一度、歴史を振り返ってみようと思う。
 
  江戸時代に前田家の命によって始った裏千家始祖・仙叟宗室と初代長左衛門。
 幕末まで加賀藩の保護によって保たれてきた6代長左衛門までの大樋焼は安泰でもあった。
 しかし、明治時代になると藩の保護が絶たれ7代長左衛門はわずかに作品を残しただけで家督を放棄してしまった。
 確かに茶道のみならず工芸も難局な時代であったが7代の高弟であった奈良理吉が家督を総て譲り受けて8代長左衛門を襲名した。
 その人物が私の曾祖父でもある。
 裏千家13代円能斎家元よりの多大な後見によって以玄斎宗春を拝命、
 また大徳寺松雲老師より松涛の号も受けている。
 祖父である9代長左衛門は14代淡々斎家元、15代鵬雲斎家元より薫陶を受けて陶土斎という斎号を拝命して父に至る。
 また私の弟である奈良宗久は裏千家業躰部講師を務めている。
 これが我家の歴史であり大樋焼の歴史でもある。
 
  父は個展を前にしたインタビューで名言を残した。
 陶冶斎襲名は「最後のスタートである」確かに今年82歳を迎えるのだが、衰える事のない創作意欲を持ち合わせている。
 
 4月9日17:30
 金沢大和において陶冶斎拝命記念 十代大樋長左衛門展レセプションが開かれた。
 杉本副知事、山出金沢市長、温井北國新聞社常務からご挨拶を頂き盛大に個展が始まった。
 人に守られている父はとても幸せな時間を過ごしていると思う。
 以下に個展によせた挨拶文を添付します
 
 私が八十歳を迎えた時、誓ったことがある
 「伝統を更に深く」「現代を更に未来的に」
 人も作品も問われるのが作家なら
 人生を振り返る必要もあるような気がする。
 
 石川県立工業高校、東京美術学校(現東京藝術大学)
 現代美術展、日本現代工芸美術展、日展
 懸命に生きてきた。
 学生時代からの仲間の多くは旅経ってしまった。
 老いていくことは止められないが
 世の中にはまだまだ多くの先輩芸術家が活躍している
 どれだけ与えられる時間なのか、私には解らない
 
 伝統、現代と両輪で生きてきた私に
 総てに極めた作品を創りだす命(めい)として
 鵬雲斎大宗匠様から「陶冶斎」という斎号を賜った
 
 金沢・前田家によって見いだされた大樋焼
 十代長左衛門としての集大成を示す命(めい)として
 十八代前田利祐様から「大樋」といいう印を拝領した
 
 感謝の証として、その命(めい)に邁進するためにも
 昔を再考し、「自然才気之一体」
 そのような心境でいれることも
 鵬雲斎大宗匠様、前田利祐様、
 神仏のご加護と亡き両親のお陰と感謝している。
 後世に残る作品を更に残していきたい。
 
 この記念展に御配慮を賜った大和様、そして関係各位の皆様
 御礼を申し上げるとともに、何卒ご高覧を賜りますようお願い申し上げます。

 

***********************************************************

■日本の心展 於 国際文化会館(東京六本木)

2009.03.26-29

 
 
 
 
 会場となった国際文化会館(東京六本木)
 
 
 
 2009/3/27 ギャラリートークの後での参加者との記念撮影
 
 
 
 2009/03/28 東京築地 料亭 田村 ご主人は玉川時代の先輩
 
 
 
 2009/03/28 東京築地 料亭 田村での懇親会 「九つの音色」右から宮田亮平氏、中島宗晧氏、、佐伯守美氏
 
 
  この招待展は広尾でギャラリー活動をされている石井本子さんのプロデュースによるもので、
 九つの音色(大樋年雄 · 佐伯守美 · 須田賢司 · 田口義明 · 中島宗晧 · 福王寺一彦 · 藤田潤 · 三田村有純 · 宮田亮平)を中心として
 他に活躍する工芸家を加えて「日本の心」展として開催された。
 
  国際文化会館は六本木に位置しているのだが、昔からのたたずまいを残したすばらしい日本庭園に囲まれたホテルなのだ。
 宿泊客のほとんどが海外からの人々のようだ。
 以前、谷本石川県知事が主催し、私がプロデュースした工芸展そして茶道、
 料理などで石川県の文化キャンペーンをした時もこの国際文化会館だった。
 
  石井本子さんの「九つの音色」に対する理解は多大なのだが、ほとんどがボランティア的な支援でもある。
 ゆえにメンバー全員が、いつも彼女には心からの感謝をしていて何かのかたちで返礼をしたいと思っているのだが、、、
 何が我々にできるのか難しいことではあるが、皆が彼女に同じ思いでいることは間違いない。
 
 27日17:00 会場内でのギャラリートーク。
 一人ずつが自らの作品を解説、そしてレストランで参加者と作家との懇親会が開かれた。
 16:30着替えに部屋に戻った私は、少しだけベットで横になった。
 やがて携帯がなった。
 「ギャラリートークで皆が集まっています」「急いで下さい」心臓が高鳴った。
 何と眠ってしまっていたのだ!!!
 会場に急行した私がドアを開けると皆からの視線!!!そしていきなり私がトーク!!!笑いの渦だった!!!反省????????
 
 28日19:00 築地・料亭田村
 田村のご主人は玉川学園時代の1年上の先輩だ。
 その料亭がファンと作家との交流の場となったのだが、
 以前、北京やソウルなどでの「九つの音色」展覧会で同行してくれた方々の参加もあり、有意義な時となった。
 
参考:九つの音色 https://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=998249662X&BN=OFF 
 
***********************************************************

■六本木アートナイト

2009.03.28

 
 
 
 
 奇麗になった六本木交差点、横断歩道を渡りながら撮影したのでTAXIの視線が怖かった
 
 
 
 六本木ヒルズでのアートワーク、かなり巨大だ
 
 
 
 東京ミッドタウンで開かれたロックコンサート(年甲斐も無く踊ってしまった!!!)
 
 
 
 巨大ロボット「ジャイアント・トらやん」火を噴く瞬間に遂に撮影成功!
 
 
   28日、日没時から一夜限りの祭典、六本木アートナイトは、街を美術館に見立て、六本木ヒルズアリーナで日没に合わせて
 巨大ロボット「ジャイアント・トらやん」のパフォーマンスで開幕した。
 ヤノベケンジさんが制作した金属の彫刻で遠隔操作によって火を吹くこともできる迫力満点のロボットだが、
 これを夜中に長い間ずっと見ていたが、想定外の動きでイベントを盛り上げていた。
 また、六本木ヒルズ毛利庭園では、環境作品を発表している中谷芙二子氏の、
 夜桜が美しい日本庭園での「霧の彫刻」も大変に注目を集めていた。
 森美術館のある六本木ヒルズ、隈研吾氏設計のサントリー美術館のある東京ミッドタウン、黒川紀章氏が設計した国立新美術館。
 これら三つの美術館を結ぶ通称「アートトライアングル」を会場に開館時間を大幅に延長したなかで、
 学生の作品発表も含まれた多彩なアートイベントであった。
 
  また、東京ミッドタウンは、翌29日(夜中)から、落語、フラワーパフォーマンスなど、夜通しのイベントがあった。
 私はロックコンサートにも行ってみたが若者の熱気に圧倒されてしまった。
 金沢にこのようなイベントを仕掛けてみたいとも思った。

 

***********************************************************

■木村ふみさんの出版記念会

2009.03.27

 
 
 
 
 飾られたTABLEは格調と斬新さがある。
 
 
 
 SPEACHする木村ふみ氏
 
 
 
 TABLEを一緒させて頂いたみなさん
 
 
 
 会場外で見送る木村ふみさんと辰巳夫妻、夫人の真由美さんは彼女に学んだ関係もあり、夫妻は大変に敬愛している
 
 
  場所はグランドハイアット東京(六本木)、時間は13:00開演。
 MAIN会場入口手前、開演直前までには彼女の今までの歩んできたTABLEに初まった食空間プロデュースの仕事が再現されている。
 まるで昔ミラノで見たエットーレソットサスがプロデュースしたカルチエ100年の展覧会を彷彿させるかのような設えだ。
 照明効果も抜群だ。
 
 そしてMAIN会場へ
 
  これは驚き!招待された人しか理解できないだろうが木村ふみワールドと言っていいだろう。
 誰も真似のできない演出だ。
 沖縄サミットでの晩餐会、世界中のハイアットホテルでのパーフォマンス、これまで様々に手掛けてきたPROJECT、
 この会場に総ての想いを込めたのだろう。
 20年以上知人でいてくれる彼女に思わず私は涙が出てしまった。
 
  今回のPARTYは「掬ぶー木村ふみの仕事—」と題した本が出版された発表会でもある。
 通常は発起人がいてPARTYを催すかたちをとることが多いのだが、彼女は違う。
 PROJECTにこれまで関わってきた人々に御礼を込めた宴を自らが開いたのだ。
 故に彼女の設立した3つの会社の節目として、スタッフ皆にも感謝するという意味もあったのではないだろうか。
 20数年来の敬愛する盟友(彼女は私にどう思っているかは不明?)だから、心が読めて私も大変嬉しい気持ちでもあった。
 
  数々の来賓を迎えながらも、ここが木村ふみの世界だ。
 皆が来賓のように思えるようにTABLEの配置を工夫している。
 私のTABLEは婦人画報 今田編集長、櫻井副編集長、料理研究家 服部幸應氏、そして友人辰巳啄郎夫妻と共にさせて頂いたが、
 同じ気持ちだったと思う。
 皆が知人で、それぞれが木村ふみさんのPROJECTと関わったことがある人々だからPARTYは盛り上がった。
 
  頂いた「掬ぶー木村ふみの仕事—」にそっと目を通した。
 写真、構成、デザイン、総てに完璧な仕事だ。
 木村ふみさんはこれからも真摯に、常に新たな気持ちでこれからも活躍されていくことだろう。
 命に生きてきた彼女に祝福!!!

 

***********************************************************

■第48回日本現代工芸美術展開幕

2009.03.26



 
 私が出品した 尊崇「DRAMATIC SCENE 2009-1」大樋年雄作


 
 父の出品した 「丑」指頭文 壷 理事長/審査主任出品 大樋年朗


 
 表彰式で挨拶する理事長/審査主任 大樋年朗
  左に副理事長奥田小由女先生 常務理事 中井貞次先生


 
 懇親会で理事長 大樋年朗(日本芸術院会員) 副理事長奥田小由女先生(日本芸術院会員)
  常務理事 中井貞次先生(日本芸術院会員)を囲む石川県出品者


  第48回日本現代工芸美術展が東京都美術館で始った。
 北海道から沖縄まで様々な工芸家のプロが競うこの展覧会も再来年は50回目となる。
 そしてその時、東京都美術館は2年間の改装期間となるので記念展は金沢21世紀美術館を舞台として
 開催されることになっている。
 
  13:30東京都美術館講堂において日本現代工芸美術家協会の総会が開かれた。

  17:00東京会館において表彰式、そして懇親会が開かれた。
 不思議な事なのだが例年より2,3割参加者が多かったような気がする。とても賑やかだった。
 
 この展覧会、金沢で2011年に記念展として大きく開催される。
 運営方法を学び取り、反映させていかなければならない。
 石川県関係者の思いは皆が同じだったことだろう。

 

***********************************************************

■日展新会員就任

2009.03.25

 
 
 
 平成21年3月25日、日展通常総会が開かれ、私は会員に推挙された。
 昨年の日展で審査員を務めさせて頂いたことで推薦を受けたものと思われる。
 しっかりと精進しながら活動していきたいと思う
 
 参考
 http://www.nitten.or.jp/about/shin_jinji.html 日展会員新人事
 http://www.ohimuseum.com/news/20090326_hokkoku.jpg 北國新聞

 

***********************************************************

■北京から日本への空の上で

2009.03.19



 
 2009/03/18 故宮(北京)にて
 
 
  北京のホテルを早朝に出て、今機中でこのブログを書いている。
 
  今回の北京滞在はとても有意義だった。我々が工芸を考えるうえでルーツとなる中国の歴史は不可欠だ。
 中国と日本は親子のような関係なのかもしれない。もしかすれば京都と金沢の関係も類似しているかもしれない。
 アジアで政治ではなく工芸や藝術でものごとを考える事がヒントとなるのかもしれない。
 
  中国は広かった、そして歴史が深い。多民族と言われながら92%の漢民族。
 毛沢東の思想を中心にした統一された国。不景気は東京で至る所で感じられるが北京には見受けられない、
 内需だけで景気を保てるような余力さえ垣間みられる。観光、多くの国内外からの観光客。あまりにも違う日中のマスコミ報道。
 喧嘩はしない、介入しない、数字にこだわる文化。
 
  ほんの少し北京を見ただけだが、多くの影響ある人々と出会いながら語った。
 一度、西安などをゆっくりと訪れてみたい。
 夏にまた来てみよう!「北京から再会誓う暑い春」

 

***********************************************************

■中国北京訪問 故宮博物館/中央美術学院講演

2009.03.18



 
 故宮にて左から原智氏、右から大窪誠氏、中川衛氏


 
 中央美術学院での講演


 
 中央美術学院の講演を聴講した学生達


  故宮博物館は台北のようにひとつの博物館のなかに陳列されているのではなく、あの広大な敷地の中に分散されている。
 長い中国の歴史は奥深いものがある。遠い昔、遣唐使として留学した阿部仲麻呂が李白などと交流しながら、
 帰国途中に難破して唐に戻った。そして唐の国で大臣などを務め没したという。そんな昔がつい最近だったと思えるこの空間、
 それが世界遺産なのかもしれない。「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」古今和歌集で読んだ彼の歌だ。
 
  18:30中央美術学院で中川衛氏、私、原智氏の順で約100名の学生に講演を行った。熱心な学生達は、
 講演終了後も我々に質問攻めで夜遅くにホテルに帰還となった。

 

***********************************************************

■中国北京訪問 中央美術学院

2009.03.17



 
 中央美術学院の学生達


 
 中国北京798芸術区


  中央美術学院は清華大学美術大学院と姉妹的関係だ。
 3年前には米国恩師Richard Hirsch教授とともにWORKSHOPで滞在したことがある。
 10:00より漆芸科講師Zhao Bin氏を訪ねる。彼は京都芸大で博士号を取得している。
 そして授業中の工芸関係の教授陣を訪問しながら学内を視察した。
 以前も思ったのだが清華大学美術大学院と大きく違うところは教授陣に外国人を多く招き入れていること、
 そして多くの留学生も欧米から受け入れている。そのことで国際的視野が高いことと、英語力をもった学生が多いのである。
 歴史的に清華大学美術大学院は工芸に美術的要素を取り入れた教育方針だとするなら、
 この大学は絵画、彫刻などの工芸的要素を重視しているということになる。
 ゆえに前者が不思議に工芸学校で後者が美術学校に見えてしまうのかもしれない。

  夕刻は758地区を視察。ニューヨークならばSOHO地区に例えれるのかもしれない。
 平日だが実に多くの人々が訪れている。それも世界中からの人種がとけ込んでおり実に賑わっている。
 そしてどうしても立ち寄りたいGALLERYがある。XYZ Gallery ここは3年前に出会った二人の女性がNPO支援で運営している。
 范学宣(SUNLIGHT)は詩人で中国では知らない人がいないくらいの時の人だ。ロシアとの国境側に生まれ貧しい時間を過ごした。
 兄弟のために学校も出れなかった。そのような彼女だが美しい心で詩を書く。
 その詩は音楽になり、絵画になったりしている。成國琴(CATHELINE)は彼女の才能を開花させ、美しい心を共有しているパートーナーだ。
 英語も堪能だ。
 私の最近の作品のその詩が伴っている。それは彼女達と3年前に運命的に出会ったからだ。
 久しぶりの再会に3人が涙したのも心が繋がっているからだ。

  夕食は清華大学理事長 張世川氏主催の夕食会に招かれた。
 清華大学貴賓客だけの食堂が迎賓館の横にあり、米国大統領などや山出保金沢市長も講演の際に立ち寄られたそうだ。
 張世川氏は駐日中国大使館に武官として勤務したこともあり日本通の共産党員でもある。
 現在の中国の在り方、毛沢東の思想などを御教授頂いた。
 我々日本人とは異なる思想、あるいは儒教、道教などからの共通的な概念などを話し合った。

***********************************************************

■中国北京訪問 清華大学

2009.03.16



 
 清華大学美術大学校ギャラリーにおいて「当代国際金属藝術展覧会」の開会式で挨拶する東京藝術大学学長 宮田亮平氏、
  右から4人目は再会したソウル大学美術大学校副学長 徐道植氏、右から2人目は中川衛氏


 
 清華大学美術大学校ギャラリーにおいて「当代国際金属藝術展覧会」の開会式参加者


 
 清華大学美術学院関係者との会議 左に理事長 李当岐氏 右に中川衛氏、私、原智氏、大窪誠氏(金沢市役所)


  9:30より清華大学美術大学校ギャラリーにおいて「当代国際金属藝術展覧会」の開会式が行われた。
 清華大学との関係を結んでいる世界各国の大学教授や学生達の出品による展覧会で東京藝術大学からも宮田学長はじめ多くの参加者で、
 ほかにこの前再会したばかりの韓国ソウル大学美術大学校 徐副学長、ヨーロッパ、米国、台湾など国際的なイベントに参加した。
 
  その後、清華大学美術大学院理事長 李当岐教授、学部長 張夫也教授、周剣石副教授などと会議をもった。
 彼らはいずれも東京藝術大学留学経験者でもあり日本通の教育者だ。金沢には有難い応援団になってくれそうだ。
 
 「工芸は技術が問われる。そして生活と共に無ければならない」「少数民族との交流で新たな発見があるかもしれない」
 「両湾三地」彼らはマカオ、香港、台湾をそのように位置づけている。台湾と交流するなかで難問を投げかけられた気もした。
 
  清華大学美術大学院主催の昼食会は会議参加者と陶芸やFASHIONの教授なども加わり日中の工芸交流のあり方を語りあった。
 そして午後は全美術学科を訪れ、教授陣、学生との交流の場をもったことは中国最高学府の教育を知るうえで
 大変参考になった一日であった。

 

***********************************************************

■中国北京訪問

2009.03.15



 
 北京空港は巨大だ


 
 ホテルの側から見える火災にあった中国中央テレビ


  15日、東京から久しぶりに北京を訪れた。清華大学での日本、中国、韓国との招待展、
 中央美術学院のWOKSHOPなどに出向いて以来3年ぶりの北京だ。降り立った巨大な空港は最新でそして空間に余裕がある。
 先般ソウルにも立ち寄ったが空港は立派なものだった。そして、SHOPINGが楽しめる数々の免税店が空港内に設けられている。
 欧米からの直行便は北京やソウルになるのではないか危惧されているが、
 このまま日本が国際的優位性を失っていけば成田や関西はハブ空港として機能をもたなくなっていくかもしれない。
 このままいけば近い将来、ニューヨークから東京に戻る時は北京経由で免税店で買い物をしてTRANSITで東京成田へ、
 そのようなことになるのかもしれない。
 
 危うし日本!!!
 
  空港から迎えの車で市内に入った。オリンピックがあったからだろうか、市内は一変して奇麗になり高層ビルが増えた気がする。
 しかし、一面の黄砂で晴れているのか雲っているのか解らない。濁った空気を感じるのだが、花粉症でもある私はくしゃみが止らない。
 しかしなぜか誰もマスクをしていない。奇妙に思われたくないので我慢することにした。
 手配されたホテルは最新のホテルで目の前には先般花火で炎上した中国中央テレビのビルが焼け残っている。
 まるで現代アートの作品のようで私には違和感がない。
 
  明日から、中川衛氏(重要無形文化財/金沢市工芸協会理事長)、原智氏(金沢美大準教授/金沢市工芸協会会員)、
 大窪誠氏(金沢市役所産業局ファッション産業振興室)と私で金沢世界工芸トリエンナーレの打ち合わせのために、
 16日から公式に清華大学や中央美術学院などを公式訪問することになっている。
 
 参考:http://www4.city.kanazawa.lg.jp/mpsdata/web/4895/2-9.pdf 

 

***********************************************************

■ミシュラン観光版(ギード・ベール)日本編に大樋美術館が一つ星に選定される

2009.03.14



 
 
 
 
 

 


 【パリ14日共同】訪れるべき観光地を星印で格付けするフランスのガイドブック、
 ミシュランの観光版(ギード・ベール)日本編が発売される。フランスのガイドブック、ミシュランの観光版ギード・ベール日本編で、
 大樋美術館、が一つ星に選定された。我家としてはとても光栄なことであり、恥じない施設として今後とも運営していきたいと思っている。
 石川県からは兼六園が三ツ星、金沢市、金沢21世紀美術館が二つ星、ひがし茶屋街、長町、 能登半島、輪島、曽々木、能登小木が
 一つ星に選定されており個人施設は当家の大樋美術館だけである。
 ホテル・レストランのガイドは2007年から東京版が登場、観光地に関しても同年に簡易版が発売されていたが、
 ギード・ベールの発行は今回が初めて。
 
  3つ星の基準は「わざわざ訪れる価値のある場所」。
 編集長によると、3つ星には全部で56カ所、2つ星189カ所、1つ星301カ所が選ばれた。執筆に当たったのは、
 フランス人と日本人計12人の混成チーム。数カ月かけて日本全国をくまなく歩き回ったほか、日本政府観光局からも情報提供を受けた。
 昨年、日本を訪れたフランス人観光客は14万7600人で07年から7%増加。日本製ゲームなどの普及や、
 すしを中心とする和食ブームもあり、日本への関心は年々高まっている。

 

***********************************************************

■中里蓬庵先生死去

2009.03.13



 
 2008/10/17 第40回日展工芸審査員夕食会(於 六本木ヒルズクラブ)在りし日の中里蓬庵先生(右から4人目)


  日本芸術院会員、日展顧問でもある中里蓬庵(唐津焼13代中里太郎衛門)先生が12日に85歳で亡くなられた。
 このことを真っ先に教えてくれたのは友人である中里嘉孝君(中里蓬庵先生の甥・陶芸家)で、
 この訃報を私の父に伝えたのだが、同じ日展に所属、また日本芸術院会員まで共に登り詰めたという人生観が近いからか
 父には深い悲しみだった。父の名代として弔問することになり、大分に滞在していた私は急遽、福岡から唐津へ向かった。
 
  14代太郎衛門氏は蓬庵先生の長男で私の友人でもある。彼やご家族に見守られながらの先生は、
 「古唐津」と題した出版されたばかりの真新しい本、日展での足跡の写真などと共に横たわれていた。
 そして、そっと手を合わせ、心をお伝えした。ご家族の皆様とお話もさせて頂いたが、
 先生は展覧会審査で東京に滞在され帰られたばかりでの出来事らしく、
 ご家族にとっては悔やまれることなのかもしれない。
 
  昨年、今となっては中里先生にとっては最後の「日展」審査となったが、私には初めての審査でもあった。
 最年少であり、挙手という審査方法にとまどう自分に先生が私に言って下さった言葉が忘れられない。
 「自分を信じて、いい作品に挙手しなさい」当たり前の事なのだが、そのように遂行できたのは先生の助言のお陰だった。
 
 2008年10月17日、長い審査日程を終えて、私の企画で審査員全員が集まっての夕食会を六本木ヒルズクラブで行った。
 (通常は様々な諸事情で全審査員が集まれないそうなのだが)、その時の中里先生の嬉しそうな顔が今でも忘れられない。
 
 中里蓬庵先生のご冥福をお祈りしたいと思います。
 そしてありがとうございました。
 
 合掌
 
 参考 http://www.ohimuseum.com/blog/
 2008/10/18 日展審査で学んだ「審美眼」
 
***********************************************************

■大分 ブンゴヤ薬局創立50周年記念祝賀会

2009.03.11



 
 6年前に竣工した「大分ブンゴヤ薬局」正面に陶壁「天地相生」
 
 
 
 50周年の想い出を語る 会長 荘司順子氏
 
 
 
 主賓挨拶させて頂いたのだが、感謝を上手く言えたかどうか?
 
 
 
 同席させて頂いた 大分市長 釘谷磐氏と大分銀行頭取 小倉義人氏
 
 
 
 祝賀会で招待客を見送る荘司家の皆様 右から3人目が社長 荘司一茂氏


  ブンゴヤ薬局オーナーは私が陶芸家としてデビューしてから、今日までずっと私を支えてくれている。
 そしてその会社の創立50周年の祝賀会が大分全日空ホテルオアシスタワーで盛大に開かれた。
 大分市長、大分銀行頭取の後に挨拶もさせて頂き私は主賓として招いて頂いた。
 
  荘司豊美氏 (前会長)は残念なことに数年前に他界されてしまったが、今は夫人である荘司順子氏が会長を務められている。
 全国でも有数の漢方を扱う会社でもあるのだが、高齢者のデイケアや医療器具などをも扱う施設をも運営されており、
 社会が最も求めている仕事をされている。
 
  6年前になるのだが、大分市内の繁華街中心に位置するブンゴヤ薬局は新社屋を建築した。
 私はギャラリー空間の薬局をプロデュースさせて頂き、正面には大きな陶壁を制作させて頂いた。
 夜になると目の前にある公園からライトアップされた陶壁が浮かび上がり、その地域の名所ともなった。
 このプロジェクトは荘司豊美氏、荘司順子氏のお二人の夢であることをかなり前から聞いていたので、
 ほぼ10年を要した夢が実現したことにもなる。竣工した晩、荘司ご夫妻、
 そしてご家族と共々私も涙したことは今も忘れることはない。
 
  一代で築き上げた会社が50年を経たことは驚きだ。「のれん」とは何なのか私も学んだ気がする。
 「思い描いたことを実行する」「人のためになることを考える」今、真面目さが荒んだ社会で潜んでしまった社会で、
 このような生き方をしている方が存在していることに救いがあるような気持ちになったのは、出席者皆が感じたに違いない。
 
  PARTY会場前では茶席が設けられていた。
 その趣旨は荘司豊美氏を呼び寄せて共に祝いたいという荘司家の気持ちの現れでもあったのではないだろうか?
 たくさんの私の作品をお使い頂きとても光栄でもあった。
 
 社長 荘司一茂氏は50歳、ブンゴヤ薬局も50歳。一族の団結力もすばらしいものがある。
 これからも社会貢献するブンゴヤ薬局は躍進していくだろう。
 
 そして天国から舞い降りてきた荘司豊美氏も喜んだに違いない。
 
***********************************************************

■山野之義氏 第104代金沢市議会副議長就任祝賀会

2009.03.08
 
 

 
 
 山野之義 第104代金沢市議会副議長とともに
 
 
  山野之義氏(http://www.spacelan.ne.jp/~yamano/index.html)とは金沢青年会議所時代に所属を
 同じしたことが交流の始りだったかもしれない。
 
 今回、第104代金沢市議会副議長に就任されたのだが、誰もが真面目な人格者であることを認めているのではないだろうか。
 松下政経塾に在籍した経験を生かして、市議会でも最も質問を多くする議員でもあるそうだ。
 盛大な祝賀会の来賓で出席された金沢市長 山出 保氏が「金沢市政を真摯で真面目に取り組みながら質問する姿は、尊敬に値する」
 と挨拶で述べられていたが、地域から本当に信頼をされているようだ。私も彼のその姿をずっと見届けてきたので、
 将来を期待できる議員であり、彼と友人でいれることを誇りにしたいと思っている。
 
  以前、松沢神奈川県知事をご紹介頂いたのだが、松下政経塾出身者が政治家となって全国に活躍しており、
 山野氏のネットーワークの絆の強さには驚ろかされた。
 
***********************************************************

■第65回金沢市工芸展

2009.03.06



 
 2009/03/03 第65回金沢市工芸展審査風景


 
 2009/03/03 第65回金沢市工芸展審査風景(入賞者選定)


 
 2009/03/04 第65回金沢市工芸展開幕
  左から梅村 名鉄エムザ社長、村瀬 NHK金沢放送局長、山本 北國新聞事業局長、
   大樋長左衛門 金沢市工芸協会会長、森源二 金沢市副市長、小倉 金沢青年会議所理事長


 
 2009/03/06 ギャラリートーク

 参考:http://www.ohimuseum.com/news/20090307hokkoku.jpg


  3日に第65回金沢市工芸展審査会があって約201点の作品が入選し、入賞作品22点が選ばれた。
 私は金沢市工芸協会副理事長として毎年審査をさせて頂いている。出品者は金沢美大、卯辰山工芸工房、
 他の美術大学の指導者や学生、仕事をしながら工芸に取り組む人々など実に多方面である。
 主催する金沢市工芸協会は日本芸術院会員や重要無形文化財保持者なども在籍しており(約200名)、
 日展、日本工芸会、そして所属しない在野の方々までが会員として活動している全国でも稀な組織でもある。
 そして65年の回数を重ねてきたのである。

 今回はNHK金沢放送局長賞も新設され、意欲的な作品が多く眼についた。
 金沢市長最優秀賞を受賞した中田雅巳氏の白磁での造形は新たな陶芸の世界を垣間みることができた。
 また、金沢世界工芸都市宣言賞を受賞した板橋ひろみ氏の作品は、工業用の銅線を焼成の際に用いたのであるが、
 陶芸では通常考えられない素材を用いたことでの意外性が傑作でもある。彼は金沢市立美術工芸大学で陶芸を指導する教授なのだが、
 学生からも人気があり注目度の高い陶芸家でもある。このように、金沢市工芸展とは高い水準が保たれてきている。

  4日、朝10時。金沢名鉄エムザにおいて金沢市副市長 森源二氏、金沢市工芸協会会長 大樋長左衛門をはじめとして、
 北國新聞、北陸放送、NHK金沢放送局などの代表、そして審査員、受賞者などが出席し開幕した。
 金沢市工芸展(2月末)現代美術展(3月末)これが毎年地元で始まる公募展だ。
 そして日本現代工芸展(3月末)日展(10月中旬)などと我々には続いていくのだが、
 その間に個展や様々なスケジュールが組み込まれていく。(日本工芸会に所属する作家もほとんど類似している。)

  毎年同じことを思うのだが、プロ野球と芸術家の生きるサイクルが似ている事を痛感する。
 キャンプイン期間は、それまでに体を作り上げ鍛え上げていく。我々の制作期間も、
 イメージを育てて作品にしていくのはほぼ同時期であり3月ともなると制作発表となっていく。
 制作を終えて家に帰る夜中、キャンプ情報をテレビで観ると私も不思議に力が湧いてくる。
 だから私は野球が熱烈的に好きなのかもしれない。

  6日、16:30。昨年から始めたギャラリートーク。私が進行役となり会場内で受賞作品を中心に審査員、
 その分野の諸先生方、そして受賞者がラウンドしながら語り合う。作者の気持ちを直接聞ける事はかなり好評で、
 今回も多くの人々で賑わった。

 6日、18:00。金沢スカイホテルにおいて授賞式、そして記念パーティが開かれた。
 金沢市副市長 森源二氏、金沢市工芸協会会長 大樋長左衛門、金沢21世紀美術館館長 秋元氏をはじめとして、
 北國新聞、北陸放送、NHK金沢放送局などこれだけ多くのプレザンターや関係者が集まり受賞者を励まして頂けるのも、
 金沢市と金沢市工芸協会の良好な関係と長い歴史の積み重ねがあるからに違いない。
 金沢市工芸展での受賞者はこの時を登竜門として将来思い出す事を私は知っている。

***********************************************************

■2月最後の日

2009.02.28



 
 18:00 会場に駆けつけてくれた右に梅沢曜行氏、中央に林英紀氏、林潤子氏(林医院オーナー)


 
 後部座席は林英紀夫妻。助手席には梅沢曜行氏、
  車はおそらく1956年型Bentley S-I James Young 2dr. コンパーチブルだと思う。林先生のコレクションの1台だ。


  今日で2月が終わる。50歳になったばかりと思ってきたが、6月には51歳になってしまう。早い時の流れに驚いてしまう

  18:00時ぐらいだろうか、金沢の兄貴分でもある画家 梅沢曜行氏が広島天満屋個展会場に登場。
 広島に住む友人を私に紹介してくれるとうことで駆けつけてくれた。
 間もなく林英紀、林潤子夫妻が登場。医療関係を中心として活躍されているドクターで知識人の起業家だ。
 しばらくの歓談で直ぐに気がついたのはこの御夫妻、今でも恋愛中であるかのようなすばらしいカップルだ。
 
  個展の祝いということで会食させて頂き、その後ホテルのバー、そして広島でも名の知れたルッソクラブへと渡り歩いた。
 お二人と私はスケールの大きさは違えども考え方に共通点が多く驚いた。
 クラシックカーは世界に数台しかないような名車を何台もコレクションされているそうだ。
 ホテルまで送って頂いた1956年型Bentley S-I James Young 2dr. コンパーチブル、おそらくこれが正式名称だと思う。
 (車好きの私はため息と感動の一瞬)あまり存在しない名車なので正式名称に多少自信はないのだが、
 私より2歳上の53歳になる車だ。
 車だけではない。音楽、茶道、花道などの理解も深く教えられる事が多かった。
 東京や金沢で直ぐ再会することを約束した。梅沢先生からすばらしいご夫妻をご紹介頂いた。ありがとうございました。
 
***********************************************************

■広島天満屋(八丁掘展)個展

2009.02.28



 
 27日 駆けつけてくれた19期裏千家青年部全国委員会委員長 原昌三氏、
     現22期裏千家青年部全国委員会副委員長 高祖 千奈美さん。


 
 裏千家青年部の仲間達との二次会、昔、裏千家青年の船に同乗した先輩も出席してくれた。
  後列左に井出美代さん、中央にブロック長 住岡紀子さん


 
 28日14:00 ギャラリートークが始った


 
 ギャライートークが終わった直後、拝聴してくれたみなさんと


  27日朝、羽田空港を飛び立ち広島空港に到着。そして天満屋へ直行した。東京も広島も雨模様だ。
 福山、高松、岡山、と続いた今回の展覧会もこの広島が最後の場となる。
 会場設営に多少の変更を加えさて頂いた。(個展は26日からすでに始っているが、、、)
 そして夜、裏千家青年部全国委員会委員長を6年前に務めた原昌三氏、現副委員長 高祖千奈美さんが会場を訪れてくれた。
 しばし歓談の後に彼らの案内で外に出た。外はすでに真っ暗、ネオン輝く繁華街にある中華料理店、拍拍大飯店に到着。
 待ってくれていたのは16人の地元裏千家青年部幹部の仲間達だ。19日から23日まで昼夜、中華、中華、中華、と続き、
 24日から25日は昼夜、韓国、韓国、韓国、と料理が続いた私だが、
 あれだけ食した中華料理と紹興酒は久しぶりに思えたの不思議だった。
 
  原昌三氏や私と同じ時期に副議長だった井出美代さん、
 現中部中国ブロック長 住岡紀子さんが呼びかけてくれたことで集まってくれた仲間達。
 青年部は常に皆の心が一体であるから、ゆっくり歓談できたのは嬉しかった。
 本当に有難いことだと常に思っている。
 
  28日14:00からはギャラリートークを行った。地元の陶芸愛好家や裏千家青年部の仲間が集まってくれて多くの方に説明させて頂いた。
 様々な質問をその後に頂いたが、やはり祖父や父の話しをされる方も参加されていて懐かしい会話を賜った。
 この時勢にこのように賑わいがあることは、恩恵で生かされている自分を再認識する意味においても感謝すべきことと思っている。
 
***********************************************************

■韓国工芸の旅

2009.02.25



 
 Leeum, Samsung Museum of Artを訪れた。
  我々を迎えたくれたのはJoon Lee 副館長(左2人目)。
   右から金沢市役所からの新出光昭氏、新木伊知子氏
    以前の私の韓国取材(BRIO)はhttp://www.ohimuseum.com/index.html?_startPage=71 


 
 ソウル大学美術大学を訪問、迎えてくれたInsu Choi(崔仁壽)学長(右から2人目)、
  Seo Dosik (徐道植)副学長(後列中央)


 
 韓国国立工芸文化振興院、Sung Moon Mo院長と面会(中央)


 2日間ソウルに滞在。台北からソウルに飛んでのハードなスケジュールで、様々な人々に面会させて頂いた。


 24日
  ソウル到着後に弘益大学校美術大学 kwanho Woo教授と面会。
  彼は韓国でも評価の高い陶芸家の一人でもあり、清州国際ビエンナーレにも深く関わっており、
  我々の取り組む問題点なども指摘頂いた。

 25日
  Leeum, Samsung Museum of Artを訪れた。2年前BRIOという雑誌の取材で出向いたことがあるのだが、
  我々を迎えたくれたのはJoon Lee 副館長。韓国の現代美術や工芸の事情を伺う事ができた。


  SANGMYUNG UNIVERSITY / COLLEGE OF ARTではLee,Ihnbun(李仁範)教授と面会。
 彼も清州国際ビエンナーレにも深く関わっており、
 韓国国内で開かれているいくつかのビエンナーレなどが抱えている問題などを詳しく説明してくれた。
 彼は日本の工芸関係者とも共同研究を行っている学者でもある。

  ソウル大学美術大学を訪問、韓国での最高学府であり東京大学のなかに東京芸大があるイメージかもしれない。
 Insu Choi(崔仁壽)学長、Seo Dosik 副学長(徐道植)が迎えてくれて
 (以前にも九つの音色展や私の三越個展などでお目にかかっている)、
 工芸に関わる学内の教授陣も加わり意見交換する場をもたせて頂いた。
 これから陶芸や金工などといった工芸のジャンルを今までのように分けて考えていけばいいのか?
 双方に熟慮していく必要性があるようだ。

 最後に訪れた韓国国立工芸文化振興院はSung Moon Mo院長と面会。
 韓国内での工芸を育成、助成している組織なのだが、細かく運営方法を教えて頂いた。

  今回の旅は数えられないくらいの人々と出会うことができた。そして大切な知識を得る事ができた。
 2009年(仮イベント)、2010年(本イベント)と金沢で行われる「金沢世界トリエンナーレ」
 世界に類をみない新しい工芸のありかたを金沢から世界へ発信したいと思う。
 今回、同行させて頂いた中川 衛先生、原智先生、そして金沢市役所から出向して頂いた新出光昭氏、
 新木伊知子氏、ハードなスケジュールにも関わらず真摯に行動し助けて頂いた。
 我々5人が経験したことを反映させたイベントを開催することで明日の金沢工芸発信になるのかもしれない。ありがとうございました。
 
***********************************************************

■台湾国立故宮博物館表敬訪問

2009.02.23



 
 通訳を真ん中に両脇に座るという台湾や中国に共通する会議
  通訳を挟んで右がFung Ming-Chu国立故宮博物館副院長、
   右には台湾藝術大学Chang Ching-Yuen教授、Chang Yuan-Chang教授
    左から金沢市役所から随行してくれた新出氏、新木氏の「ものづくり政策エクスーパート」


  今日は台湾滞在最後となる日だ。明日は台北からソウルに移動する。
 午前中は台北市内にあるFRANZという新しい陶器製作会社を訪れた。
 会社が設立され、そして世界へ進出してまだ6年しか経っていないのだが、「手づくりの量産」が会社の理念だ。
 ITを駆使しながら職人との関係も構築された見本となる会社でもある。
 オーナーには以前にも東京でお会いしているので2度目の再会となった。
 金沢市で行う金沢世界工芸トリエンナーレの協力をお願いするために出向いたのだが、
 デザインだけではなく多方面の話題でMEETINGとなってしまった。話題に関係する社員が次々に登場し、とても有意義な時間となった。
 
  そして午後、国立故宮博物館を表敬訪問した。出迎えてくれたのは副院長のFung Ming-Chu氏であった。
 工芸に関わる学芸員の仕事、博物館がとらえている工芸のコンセプト、金沢世界工芸トリエンナーレへの協力などを話し合った。
 その結果、関係者を派遣すること、台湾全土からの工芸家を選抜、このようなことにおいて協力を頂けることになりそうだ。
 
  夜は政府に関係する有力者と夕食をとりながら、台湾との工芸や美術における交流のありかたを話し合った。
 個展や台南藝術大学などの接点で知人は多いのだが、今回、工芸に関わる研究機関などを訪れてきたのだが、
 金沢という都市についての台湾の人々の認知度は高いことに気づいた。
 遠く昔、八田興一という台湾でダムを設計した技師、西田幾多郎という哲学者。
 尊敬される先人が金沢にいたことは、今の時間となっても感謝されている。
 我々が他国で共に何かをしようとする時、そのような先人が甦ってくることに驚きを覚えるのは私だけではないはずだ。
 金沢世界工芸トリエンナーレ、彼らの協力は不可欠だから有難い歴史でもある。
 
***********************************************************

■台湾台南藝術大学表敬訪問

2009.02.19

 
 
 
 
 台湾テレビ局が保存する1953年のDAILY NEWSを修復作業する大学院生
 
 
 
 会議を終えて台南藝術大学学長招待の夕食会、私の左には李肇修学長、
  私の右に中川衛氏(金沢市工芸協会理事長/重要無形文化財保持者)
   原智(金沢市工芸協会会員/金沢美大教授)ほかに金沢市役所からの新出、
    新木、両氏、を囲んでの台南藝術大学教授陣
 
 
  今日から2/26まで台湾、韓国などの芸術大学、美術館、工芸研究機関、現代工芸作家などを表敬訪問する。
 今日朝、中部国際空港から台湾高雄国際空港に到着し台南藝術大学を訪れた。
 空港での出迎えは米国時代からの友人 帳清淵教授、
 私が米国留学時代に学んだRichard Hirsch教授に彼も学んだいわば後輩でもある。
 台南藝術大学陶芸科教授であり交際交流センター長も務めている。
 大学に到着すると盟友 李肇修学長が我々を出迎え、キャンパス内の迎賓館に招き入れてくれた。
 (http://www.hokkoku.co.jp/news/HT20071009401.htm
 そして、大学が最も力を注いでいるひとつは古い記録FILMを修復しながらアーカイブ化してく学問だ。
 旧日本統括時代のダム造成の記録FILMなどを鑑賞した。
 
  金沢市はユネスコに創造都市として名乗りを上げ、工芸都市としてのジャンルを選択している。
 金沢市は創造都市という概念を通じて数々の会議を行ってきた。
 また、私(金沢市工芸協会)が提案した金沢世界工芸都市宣言に基づく世界工芸都市会議や
 金沢世界工芸コンペティションも開催されてきた。
 経済と工芸、これらを連動させることで、ふさわしい創造都市となるような展覧会やフォーラムを模索することとなった。
 
  金沢市工芸協会が主体となって台湾、韓国、中国、日本国内の優秀な工芸家や研究者を金沢に招き新しい工芸を築くことを目的として、
 フォーラムや招待展などを金沢21世紀美術館を中心として開催するのだが、どのように有意義なものとなるか我々には問われている。
 すでに実行委員会が組織され、2009年度はプレイベント、2010年は正式開催する決定はされており、
 以後はトリエンナーレ方式で様々な工芸のイベントを開催していく予定だ。
 
  台湾台南藝術大学で私は客員教授を務めさせて頂いている。この大学は創立してまだ13年の歴史だが、台湾では最高の権威を誇る美術、
 音楽を兼ねそろえた芸術総合大学だ。教授陣のほとんどは博士号を米国やヨーロッパで取得した優秀な布陣であり、
 留学生もかなりいて台湾でありながら英語やフランス語などがキャンパス内で飛び交っている。
 東京藝術大学と姉妹締結もしているほどなのだ。
 学長はじめ関係する教授陣の協力を求めることが必要不可欠でもある。
 明日は選抜した工芸作家などと意見交換することになっている。
 
 
  参考:http://www.hokkoku.co.jp/news/HT20071009401.htm 
 
***********************************************************

■裏千家淡交会金沢青年部総会

2009.02.16

 
 
 
  今日は春の陽気となって温かな日だった。日曜だが朝からスタッフと仕事場で夕刻まで制作。そしてその後、、、、、
 
  金沢青年部は金沢ANA CROWN PLAZA HOTELで17:00から総会、そして18:00から新年度の懇親会に出席。
 50歳になったことで引退となり、今年度からは相談役となった。
 
  私の所属したこの青年部には感慨深いものがある。そして今日、懐かしい人達にたくさん会う事ができた。
 生まれて3ヶ月の赤ちゃんを抱いて総会に出席した2人の女性は、ニューヨーク、ロサンゼルス、ハワイなどの
 海外にまで同行し活動してくれた妹分達だ。
 歳月が流れ母親となっても参加してくれるほど青年部の活動は彼女達には魅力があるからではないだろうか。
 また、私が偶然をつくり結ばれた青年部同士のカップル二人も出席していたが、
 婦人のお腹の中には2人目の赤ちゃんがいたりで私自身が人との縁の有難さを感じた。
 
  そして、懇親会では卒業した私に皆が想い出のスピーチをしてくれた。
 最後には花束まで頂き粋な計らいにとても嬉しい限りだった。
 大村部長をはじめとした金沢青年部の皆様、本当にありがとうございました。
 相談役として金沢青年部の活動を陰ながら支えさせて頂きます。
 
 今日は幸せな一日だった。
 
***********************************************************

■岡山から帰路金沢までに思ったこと

2009.02.08


  暗い社会状況のなかで岡山天満屋での個展は大成功だった。
 その理由のひとつは裏千家岡山支部の若林支部長、龍門幹事長、高渕元幹事長、秋山元幹事長などの諸先生のご協力によって
 会期中に大勢の方々の来場を仰げたことだ。
 また、マスコミ各社がとても好意的に私の個展を取り上げて頂いたことも大きな反響になったのかもしれない。

 出会い、再会、また人生の嬉しさを経験した。

  90歳をやがて迎えようという数田先生。連日お越しになって頂いた。
 祖父(九代長左衛門)を訪ねての我家での茶会の話しをして下さったのだが、記憶の鮮明さには驚いた。
 それは何と半世紀以上前の話しなのだ。そして私の母方祖母がそこにいるかのような優しい笑顔がそこにあって、
 とても神々しくも、茶目っ気のある可愛い女性なのだ。

  石田さん、高祖さん、在間さん、そして高松から駆けつけてくれた國方さん、裏千家青年部活動で知り合った仲間達だ。
 我々の連帯意識は高いものがあり、直ぐに心から染み入る会話となる。今回、一緒に飲み明かした岡山での夜は忘れないだろう。

 盟友、藤原和君にもお世話になった。彼とはこれから永遠の仲間でいるだろう。心からそう思う。

  場所を提供してくれた岡山天満屋美術部。スタッフの方々も本当に前向きで好意的だった。
 とくに連日昼夜問わずお世話頂いた武田部長、私のタフさに疲れたかもしれない?

 行きも帰りも静かな電車のなかで、ロマンチックにもの思いにふける自分。

  その時、携帯がなった。「岡山のBAR,,,,,,,です。一昨日、支払いの際にクレジットカードを忘れています。どうしましょう?」
 私はカードが無い事に気づき、その店に問い合わせの電話をしてからほぼ24時間過ぎている。
 何と遅い対応だろう!!!すでに紛失届けを出してしまった私には、そのカードはすでに無効なのだ!
 これから様々の支払い契約したものを変更しなければならない。面倒なことなのだ。最後にまたいつもの現実に戻されてしまった。

 しかし岡山の時間を共有してくれた方々、本当にありがとうございました。
 
***********************************************************

■岡山天満屋個展

2009.02.05



 
 岡山天満屋個展会場


 
 裏千家岡山支部 若林昭吾支部長(左から2人目)と取材に訪れてくれた地元では知らない人がいない岩根宏行氏(右側)


 
 山陽放送(RSK)からの取材で訪れた記者の吉田尚代さん


 
 テレビせとうち(ISC)からの取材で訪れた記者の西野友子さん


 
 縁故を大切にして下さる数田先生も駆けつけてくれた、そしてその社中の皆様


  岡山に講演で招かれたのは4年以上に前になるだろうか?
 4月から政令都市となるそうだ。だからなのか何となく以前より大きな町になったような気がする。
 
 岡山は昔から我家には縁が深い知人が多く、個展に訪れて下さる方々からも曾祖父(八代長左衛門)祖父(九代長左衛門)、
 父(十代長左衛門)のことなどがよく話題となる場合がある。
 私も度々訪れてきたこともあるからか思い出深い町だ。
 
  備前焼には、藤原家、金重家、山本家、伊勢崎家といった重要無形文化財を輩出している家がある。
 祖父や父は同じ仲間として交流させて頂いてきた。特に藤原家とは親交が深く、啓先生は祖父(九代長左衛門)、
 雄先生は父(十代長左衛門)、そして長男 和君は私と同じ歳でもあり、何でも話し合える盟友だ。
 また、陶芸家として私が尊敬の念を抱いている隠崎隆一氏も備前から世界へ発信している作家であり懇意にさせて頂いている。
 
  3日から岡山天満屋で個展がはじまった。(9日まで)
 4日早朝に金沢から岡山入りした。10時から会場でTV3社、新聞2社の取材を受けたことで、
 昼、夕刻、深夜とニュースなどで取り上げられたこともあり会場は盛況だった。
 
 私は8日まで滞在する予定。
 
***********************************************************

■金沢から岡山に向う出来事

2009.02.04



 昨日は、金沢大学の授業だったが、夜中まで制作した。
 一昨日もほとんど眠っていない。

 「朝5時39分」サンダーバードに乗った。
 (新大阪経由、のぞみ3号で岡山9時30分着予定)

 車内は私だけで誰もいない、外は真っ暗だ。座席を回転させ寝台車のようにして寝込んだ。寝不足だから安眠状態で寝込んでしまった。
 途中、電車の徐行状態に気付き目が覚める。福井県敦賀辺りだろうか?濃霧で視界がとれないからか、通常と明らかに速度が違う。
 遅れたアナウンスがやっと流れて「濃霧のため列車は徐行運転しております」
 新大阪での乗り継ぎが心配になった。そして京都に近づく頃に「列車は11分の遅れがあります」
 私が関係する乗り継ぎの案内はまったくされないままに京都に着いた。
 10:00から個展のために3社の取材を受けなければならないので、乗り継ぎが上手くいかなければ間に合わない。
 新大阪まで行くより京都でのぞみに乗り換えた方が安全と判断して、あわてて準備して降りた。ドアが直ぐに閉まった。

 新幹線の改札で「新大阪から岡山までのチケットを京都からに変えて下さい」理由を説明しても無表情にこの言葉を繰り返す駅員、
 私は乗り継ぎの窓口に強制的に誘導された。のぞみ3号の到着まであまり時間がない。再度、窓口の女性に事情説明する。
 しばらく待たされる、そして時計を見る私。計算し終えた彼女は「自由席で新大阪まで行って、
 そこから今の席に変えれば900円」「京都から私の指定した席に座って岡山に行けば2200円」そのような言葉であった。
 金額が更にかかる事にも驚いたのだが、車内で乗り継ぎアナウウンスが無く車掌は近くにいなかった、
 そして夜勤だからかこの駅員の急がない無表情さの対応に怒りを感じたほどだ。私の判断が間違いであったかどうか、
 落ち込みとともに追求したくなってくるのだが、列車の時間が迫っている。

 「時間がないので支払いはします。私が理由を説明した上でのこの対応だから、
 私の説明を聞いた上での貴方の判断で発券したと書いて下さい。後に私は誰かと相談します。」
 とりあえず時間がないので急いで下さい。!!!

 私の言ったことで彼女は明らかに動揺している。「ではこのまま乗って下さい。そして、新幹線のなかで車掌と話して下さい。」
 彼女は先ほど入れてくれなかった駅員に小声で話した後に、私を中に誘導してくれた。
 複雑な気持ちだ。
 私は「正しい」それとも「正しくない」???
 駅員の対応は「正しい」それとも「正しくない」???

 そして乗った新幹線では岡山まで車掌の検札はなかったのだ。
 無賃乗車したような複雑な気持ちになったのだが、とりあえず岡山に9時30分に到着できた。

 着いたホームでは天満屋美術部 清水さんが迎えてくれた。彼の笑顔に総てを忘れたが、何とか約束の時間に間に合う事ができた。
 長い早朝の道程だった。

 ここで一句

 早春に山は驚き霧隠れ

 一応、黛まどか先生一門だが、駄作か☟↓

***********************************************************

■故 伊住政和氏の七回忌

2009.02.02



 
 法要で挨拶される裏千家御宗家


 
 関根秀治氏(裏千家淡交会事務総長)奉仕の茶席で用いられた筒茶碗 初代大樋長左衛門作 玄々斎箱 銘「天雪」


 
 最後に法要のあった大徳寺聚光院に3人で戻り記念撮影
  右に大倉治彦氏、左に辰巳琢郎氏、我々は伊住政和氏のお陰でつながっている。


  伊住政和氏(裏千家鵬雲斎大宗匠次男/坐忘斎御家元弟)の七回忌法要が京都大徳寺で執り行われた。
 2003年2月2日、友人である辰巳琢郎氏が金沢を訪れていた未明に携帯がなった「伊住政和氏がたった今、亡くなられました」
 そのような内容だった。辰巳氏と二人、泣きながら献杯したあの瞬間は忘れない。
 
  彼が亡くなる直前、暮れも押し迫った12月末、許されて入院先を訪ねた。その数ヶ月前には京都での私の個展に立ち寄ってくれたのだが、
 やせ細った弱い彼の姿が病室にあった。鵬雲斎御家元から坐忘斎御家元へという歴史の橋渡しを果たせた安心感からか、彼のその時、
 仏のようにも見えた。
 「俺、もうあかんわ、TOSHI」政和さん「頑張って新年の燦々会出ようよ!」そんな会話しかできなかった。
 別れる際、握手をしようとした。彼の手は直ぐにはでてこない、そこまで体力がなかったのか?
 互いが手に触れた時、彼からの「別れのメッセージ」が伝わった。
 そしてその後、病室の外で大泣きした。
 
 あれから7年が過ぎた、、、、、、、、、、
 「出会いと別れ」は繰り返されるのだが、彼からの影響は今もって、私には大きなものがある。
 
  法要は裏千家宗家をはじめとして、老分、燦々会、友人、業躰先生など彼に深く関わった人たち180名が参列し、茶会も開かれた。
 関根秀治氏(裏千家淡交会事務総長)が席主であり、床には「明歴々露堂々」鵬雲斎大宗匠筆の軸がかかり、
 伊住宗匠が生前好まれた道具を中心にして忍びの茶となった。大倉治彦氏(燦々会会長/月桂冠社長)辰巳琢郎氏、
 そして私と並んだのだが、申し訳ない事に裏千家御親族が後に入られたので、私達が上席となってしまった。
 
  関根氏は、「伊住宗匠の初めて削られた茶杓(銘 本気)」「茶美会(今のブームの先取り)」様々に検証されたことを説明されて、
 伊住宗匠が古典を現代化する努力を懸命にされていたことが思い出された。
 次客の辰巳氏に使われた茶碗は「大樋初代作 筒飴茶碗 玄々斎箱 銘 天雪」また、私が初めて作った「大樋黒茶碗」なども用いられていて、
 関根氏が、伊住宗匠と私が交流させて頂いた証を示して下さったことは、深く感謝を申し上げたい。
 
 法要、墓参り、茶会、最後にまた寺に戻り、大倉、辰巳、両氏とともに記念写真を撮った。
 晴天の京都、伊住氏の縁のお陰で私達は繋がっている。
 
 「ありがとう」政和さん! そして「茶是一生友」憺泉斎月澗宗晃宗匠
 
***********************************************************

■KANAZAWA eAT’09

2009.01.31 

 
 
 
 
 16:00 セミナーC 「緊急会議:アニメーション エンタティメント、どうなっちゃうの?」
      右から押井守氏(アニメーション監督)川井憲次氏(作曲家)
       コーディネーター:石川光久氏(プロダクションI.G代表取締役社長)


 
 21:30 夜塾に集まった参加者
 
 
 
 22:00 夜塾でガメラ対クレヨンしんちゃんの対決をした樋口監督(左から3人目)原恵一監督(右から2人目)
      浜野保樹氏(東京大学大学院教授、左から1人目)萩野正昭氏(株式会社ボイジャー代表取締役、左から2人目)
       河口洋一郎氏(東京大学大学院教授、CGアーチェスト、左から4人目)の顔も見える
 
 
 
 23:50 右に土佐信道氏(明和電機/アートユニット)宮田人司氏(株式会社ゼン代表取締役社長)実行委員として挨拶する自分、
      中島信也氏(株式会社東北新社専務)浜野保樹氏(東京大学大学院教授)


   1997年からはじまったこのイベント、国内外のデジタルアーチェストの第一人者を招き、
 その特化したアートの祭典としてスタートしたのであるが、
 その概念を理念として今では地域産業の「ものづくり」をも視野にいれて開催されている。
 毎年、表彰される「イート名人賞」受賞者は地元金沢の企業とコラボレーションしながら新しい発想のものを創りだしていく。
 伝統食材とアートの融合した和菓子、「河童のクウ」のイメージキャラクターを用いた日本酒などが発表されてきた。実行委員会は、
 会長に山出保金沢市長、副会長は秋元雄史氏(21世紀美術館館長)、久世健二氏(金沢美術工芸大学学長)、
 顧問は浜野保樹氏(東京大学院教授/前総合プロデュサー)、実行委員長は中島信也氏(CMディレクター、株式会社 東北新社専務)。
 ほかに12人の実行委員で構成されており私もその一人でもある。
 そして2009年度の総合プロデュサーは石川光久氏(プロダクションI.G 代表取締役)となっている。
 
  13回目となるKANAZAWA eAT’09。
 総合プロデュサーの石川光久氏は「白と黒」コンテンツ産業におけるプロデュサーの発想をテーマとした。
 「白と黒」の題字を書道家でもない私が書かせて頂き、
 カタログや期間中のディスカションなどのスクリーンに常に用いられおり、光栄だった。
 
  1月30日、31日と二日間にわたって行われたが、押井守氏(アニメーション監督)名人賞を受賞した川井憲次氏(作曲家)、
 次年度総合プロデュサー 松本千絵氏(アートディレクター)などが参加したこともあり盛況であった。
 社会は景気問題のことで暗いニュースの連続だが、クリエイターにはそのような次元は想像を埋没させることにしかならない。
 「自分を信じて、好きなことに邁進する」簡単に聞けばそうなるのだが、
 人から何を言われようが行動することで社会は変わっていくことを学んだ気がする。
 
  毎年恒例の夜塾、湯涌温泉で開かれるのだが、今回も盛り上がった。
 招かれたアーチェストに憧れを抱く学生達には、対面し話せる機会を得たことは刺激的だったことであろう。
 特筆すべきは実行委員長 中島信也氏の芸域(?)の広さである。仕事は誰もが評価するところだが、司会、モデュレター、挨拶、
 愉快な会話の中に深さを秘め「人」「事柄」を混在させていくキャラクターは誰もが驚嘆する。実行委員長として、
 そして金沢にとっても大切な人ではないだろうか。私は常に彼を尊敬している。
 
  そして名人賞の最初の受賞者 樋口真嗣(特殊映像演出者)と08年受賞者 原恵一氏
 ((アニメーション監督)が「ゴジラ対クレヨンしんちゃん」絵で描き合いながら戦っていたのは傑作だった。
 冗談だったとしても面白い!これもこの集まりがそうさせたのだが、
 学生にも、私にも「出会う」ことで見つかる「何か」を気付かせてくれるこのイベント、とても貴重だと思う。
 
 LinkIcon詳しくは・・・ 
 
***********************************************************

■裏千家青年部北陸信越ブロック慰労会

2009.01.30



 
 左が行松新ブロック長(青年部のオバマと私が命名)そして村井副ブロック長。二人は和菓子屋さんと長野市役所勤務のコンビ。
  そして京都(裏千家淡交会青年部全国委員会)へ全国委員として出向する。
   暗いカラオケバーでの撮影で顔がはっきりしない人はゴメンナサイ!


 8年間務めさせて頂いたブロック長を昨年末で退任した。青年部は50歳までと規定されているので、必然でもあるのだが、、、、、
 
  eAT’09金沢(明日のブログで説明予定)のAWARDと開会式を終えて、料理屋に直行。
 北陸信越ブロック長 行松君が新役員とともに卒業生5名のために慰労会を開いてくれた。
 長野、新潟、富山などから金沢に集まり、私の前のブロック長 戸谷さん、その頃の役員なども駆けつけて賑やかな会となった。
 様々な仕事をしている人たちが、茶道という世界で共通点をもち交流する。
 普段ではありえないことなのだが、今は市役所勤務や和菓子屋さんがブロックを運営しているし、
 昨年までは鱒寿司屋さんと茶碗屋(私)がコンビだった。
 とりあえず有り得ない出会いがあって、ひとつひとつの想い出がつくられていくのだ。
 裏千家の青年部活動とはそのような魅力があるからか、皆が感動を積み重ねていく。
 
  想い出話しはつきない。日が変わっても変わらぬ友情を確かめ合い、そして今日は眠いけど!!!
 行松新ブロック長(全国委員兼務)、村井副ブロック長(全国委員兼務)、加納副ブロック長(全国委員補兼務)、
 小泉幹事長(全国委員補兼務)そして役員の皆様、楽しい時間をありがとう。
 
 最後にひとつの約束
 我々卒業生は、君たちの活動に一切口を挟むことはありません。正しいと思う事を遂行して下さい。
 それを見守るのが我々ですから!頑張って下さい
 
***********************************************************

■妹 由美の3回忌

2009.01.29
 
 

 
 小松空港から観えた白山 妹 由美の存在を何故か感じた。
 

 

  早朝に羽田空港から小松空港に到着。晴れ渡った空に加賀の不二山「白山」が名前のとおり真っ白に雄大な姿を見せていた。
 先頭で飛行機から降りてきたのだが、立ち止まって空港内の窓を眺める、実に美しい「今、妹もあの山を観ている」
 突然だがそのような気持ちになった。我に返った自分は、足を痛めていることもあり、最後尾となっていた。
 
  妹(由美)が亡くなって2年が過ぎ去った(2007年1月30日未明のLos Angels時間)。
 昨年末に妹家族がLos Angelsから帰国したので、皆一緒に東京で法要は済ませているのだが、
 金沢とLos Angelsでそれぞれの縁の方々とともに3回忌を行うようにした。

  11:00自宅「祖堂」「芳土庵」で月心寺住職の努めによって法要が始まる。
 親族以外にも友人の方々や、妹は裏千家の茶道教授でもあったので社中の方々などの参列でしめやかに執り行われた。
 法要の後は料亭「つる幸」にて会食をさせて頂いた。

 皆が忍んでくれたことは、妹はきっと喜んでいるに違いない。
 今日は冬の金沢には珍しい春の陽気で、妹が天に頼んでくれたのかもしれない。
 
 由美 ありがとう。

 

***********************************************************

■弟の金沢での初稽古式

2009.01.25
 
 

  私の弟(奈良久司/茶名 宗久)は裏千家業躰部に所属させて頂いている。
 「業躰」とは家元のもとで修行を積みながら、その直伝を正確に弟子に伝えていく仕事である。
 時には家元に随行し、時には講師となり、国内外を問わず今日庵(裏千家)より派遣される。
 御家元の命によって、弟はその仕事を務めさせて頂きながら、金沢や東京などで自ら社中をもち教える機会を頂いている。
 
  金沢の彼の道場は由緒がある。半世紀ぐらい前だろうか、祖父(九代長左衛門)は、ある人から購入を頼まれた家があり、
 隠居後にはそこで過ごした。10年ほど前、数寄者であり郷土史家であった本岡三郎氏が、その近辺の江戸期の地図を発見した。
 それによると仙叟(裏千家始祖/前田5代藩主に茶道奉行として金沢に招かれ後に裏千家を興す)屋敷がはっきりと示されており、
 祖父の住んだ所は仙叟屋敷跡地だったのだ。
 
  「仙叟」そして「裏千家」の恩恵で「大樋焼」という歴史を考えた時、偶然とはいえ、この奇遇に感謝せずにはいられない。
 今、玄関には裏千家より「仙叟屋敷跡地」という石碑、金沢市より「金沢での前田家と仙叟の関わり」が解説された銅板が建立されており、
 裏千家鵬雲斎大宗匠が直に設計された「好古庵」という茶室ともに弟はそこで居を構え、
 裏千家直伝の茶道を教えさせて頂きながら多くの社中の方々に支えられている。
 
  例年恒例の稽古初め、東京での社中の方々も交えての招待客が濃茶、薄茶と嗜み、夜はホテル日航金沢に於いて盛大に祝宴が催された。
 社中には多彩な人材がいて、プロの放送局のキャスターが司会を務め、弟の挨拶(例年上手くなっていく)、父(十代長左衛門)の挨拶、
 社中を代表して佐藤 ホテル日航金沢総支配人が乾杯、新しく入門された方々の紹介、抽選会、私が御礼を述べさせて頂き、
 辻亮一 裏千家石川支部副支部長の御挨拶、出席者皆様のお陰で賑やかな会となった。

 

***********************************************************

■左足じん帯損傷

2009.01.24
 
 

  19日朝、東京から飛行機で地元に戻る。外は雪景色、そして猛吹雪、空港から車を運転してそのまま、
 私が務めさせて頂いている北陸放送番組審議会に出席した。

  車を停めて北陸放送のLOBBYに向って歩く。いつものように颯爽と!ところが靴が濡れているのでフロアで大転倒してしまった。
 それも受付嬢の目の前で!!!左足が?????格好が悪いので何も無かったかのように4Fの役員室に直行した。
 しかし激痛で次第に歩けなくなってゆく。どうやら足を捻ったようだ。
 
  11:00番組審議会がSTART。そして今回は全体の審議の状況をテレビで私が解説しなければならないので、
 終了後にビデオ撮りが待っている。あまりの激痛にそっと靴を脱ぎ左足首を見てみる、大きく腫れ上がっていて脈を打っている。
 思わず湿布薬を頂いたのだが、長い北陸放送の歴史のなかで湿布薬を会議中にオーダーしたのは、多分私だけではないだろうか。
 
  収録を終えて病院に直行。13:50に到着。受付で「今日は病院の都合で15時からとなっています。」それはない、、、
 会議中に私の家からその病院に電話で問い合わせた際、午後は14:00からと彼らは答えたのだから!
 痛い足を引きずって行ったのに!!!
 結局、怒った私を察知してかレントゲンを撮ったりしながらドクターがやっと診察室にやってきた。
 「捻挫だと思うが、レントゲンに写らない骨折もあるので、一週間経って腫れがひかない場合は骨折です。」
 コルセット、松葉杖、湿布薬、痛み止めなどフルコースで、支払いもかなりの高額だった。
 この病院、昔は本当に良心的なドクターがいて多くの患者さんで賑わっていたのだが、、、、、
 
  24日、痛みがひかないので再度14:00にその病院を訪れた。また、同じように受付の人が、
 当たり前のように「病院の都合で今日は15:00からです。」
 私は「では、堂々と14:00からなど看板や電話で告知するのは止めたらどうですか?」と言って帰ろうと歩き始めたのだが、
 足が痛い事を興奮のあまり忘れて動いたためにまた激痛が!!!!!!「痛い」
 結局その後、友人の病院を訪ねた。骨には異常なく、じん帯損傷。
 足を上げて寝るなど細かな説明を受けたのだが、そのような細かな説明は前の病院では一切なかった。
 そして治療費も10分の1以下(歩く時間は普段の10倍)、選択する病院は本当に大切であると「痛感」

 

***********************************************************

■裏千家東京道場初釜式

2009.01.18
 
 

 
 右から前衆議院議員 塩川正十郎氏、外務大臣 中曽根弘文氏、
  挨拶される裏千家千宗室坐忘斎御家元、大谷裕巳氏、左に衆議院議員 石原伸晃氏
 
 
 
 左から女優 中谷美紀さん、羽田美智子さん、フリアナウンサー 草野満代さん
  皆さん御家元から茶道を伝授されている
 
 
  毎年1月18日は裏千家の東京での初釜式にご招待頂いている。
 主に御家元様のお親しい方々が最後の席(16:30)に招かれた後、地下にある大ホールで宴会が催される。
 
  長男と四谷駅の喫茶店で話しをしていて、時計を見ると15:40。
 裏千家東京道場まで歩きで出向いたことはないが、時間もあるので歩くことにした。
 土地感だけは誰よりも優れていると自負している私は、途中天気がいいこともあって「景観」写真を撮るなど余裕で歩いていた。
 ところが見覚えのまったく無い所になってしまい、「警官」が立っている大きな屋敷の前にたどり着いてしまった。
 その警官に「裏千家東京道場はどこでしょうか?」と聞いたのだが、
 周辺地図で示そうとしてくれたのだが載っていないほどの場所に行ってしまったのだ。ちなみにその屋敷は最高裁長官の家だそうだ。
 「景観」から「警官」あまり面白くないか?それから、また20分以上歩いて、トータル70分の散歩となってしまった。
 
  当然のように遅刻、だが間に合った。というより遅れて席が始まったようだ。
 正客は塩川正十郎氏。独特のお人柄はこの茶席でも発揮されたのだが、御家元様が練られた濃茶を一口飲まれて
 「いやあ☞ こんな美味しい茶いいですな 濃い茶は本当にいいわ、薄いのより美味しいですな!!!」わざとでもなく、
 心から述べられているその姿が尊敬される一面かもしれない。一同、爆笑の嵐だった。
 
  そして地下のホールに案内される。すでに大勢の方々だ。
 大谷裕巳氏が司会、外務大臣中曽根弘文氏の挨拶、御家元様の挨拶、塩川正十郎氏の乾杯となり、燦々会メンバー、YPOメンバー、
 裏千家を支える若手の政財界の方々など多種多彩なPARTYとなった。
 私は普段飲めない美味しい赤ワンを片手に、後ろの仮設の寿司カウンターに直行して頂いた。
 例年のことだが、本当に賑やかな雰囲気のなかで皆が喜ばれていた。(私の喜びはその倍かも?)

 

***********************************************************

■塩月弥栄子先生の稽古はじめ

2009.01.14
 
 

 
 新年を飾る濃茶席待合
 
 
 
  左から五藤禮子先生、塩月弥栄子先生、右に衆議院議長 河野洋平先生
 
 
  明治記念館で恒例の稽古はじめ。快晴の東京。
 
 所用で昼頃に到着したのだが、先生の御孫さん達がサッカーボールを手に濃茶席から私に駆け寄ってきて、
 「待ってたのに、早く来れば、、、」という声が???
 すると濃茶を終えたばかりの招待客の先頭に、中田英寿氏の姿???
 観光庁アドバイザリーとして茶道にも関心をもたれたらしく、塩月先生を訪ねられたそうだ。
 そのための指南役として私がタイミングよく登場すればということだったらしいのだ。
 1席後となったために残念なことに出会えるチャンスは無くなってしまった。
 
  しかし、塩月先生からは「次客に座って!」というご指示があって、正客の河野洋平衆議院議長のお供をすることとなった。
 全員が注目のなか五藤先生(塩月先生御次女)の御点前が始まった。茶碗は祖父九代長左衛門の嶋台茶碗だ。
 そして御高齢にも関わらず学ぶべき事柄を説明されていく塩月先生。
 とても有難い時間を皆で共有できたのではないだろうか?
 先生には、これからもずっと長く我々に御教示頂きたいものだ。

 

***********************************************************

■第21回石川県民陶芸展審査

2009.01.12



 
 左から審査の飯田雪峰先生、高光一光先生、そして私


  今回で21回目を数えるこの展覧会は、小学生、中学生、高校生などの学生や高齢者など、
 石川県内のアマチュア陶芸家が挑戦する場として定着してきた。
 この展覧会をきっかけとしてプロの陶芸家となった方も存在するほどだ。
 はじめから関わってきた自分としては、すでに20年以上の歳月が流れてことになる。
 そしてこれを運営しているのは石川県文教会館であり、私の小中学校時代の恩師先生方も多数関わっておられる。
 審査員は未だに私が最年少だが、他の先生方とともに真剣に未来の陶芸家を発掘してきたつもりだ。

 

***********************************************************

■裏千家宗家 櫻井宗幸先生の初釜

2009.01.10



 
 薄茶席は自作の方舟水指が飾られていた。


 
 自作 方舟水指のための鵬雲斎大宗匠御箱書付


  快晴の東京、恒例の裏千家宗家 櫻井宗幸先生の初釜式(於 東京ニューオータニホテル)に参席させて頂いた。

  櫻井宗養先生(裏千家鵬雲斎大宗匠御姉上)は宗幸先生の御母上であり、私も学生時代からお二人にお導き頂いてきた。
 残念なことに宗養先生は他界されたのだが、宗幸先生によってその意志は引き継がれ、政財界、芸能界、
 学生など実に多彩な社中の方々が学ばれている。
 昨年、日本でのG8サミットでは各国のVIPに櫻井先生が茶を振る舞われたことは記憶に新しい。

  午後の濃茶席、多くの参席の中で恐れ多くも私は正客(一番上座)として案内された。
 脇床には9代大樋長左衛門(祖父)が制作し、
 14代裏千家家元であった淡々斎宗匠夫妻がそれぞれに釘掘りされた二碗の金銀の嶋台の茶碗が飾られていた。
 少なくとも70年ぐらい前の出来事であろうか?
 今日という時間、父や私にまで関係が保たれていることにあらためて感謝しなければならない。
 そして、宗幸先生の御点前による濃茶を一同で有難く喫した。

  薄茶席も感動だった。立礼席だったのだが、なんとその棚の上には私が制作した方舟水指が飾られていた。
 鵬雲斎大宗匠が書付を下さっていること、そして取り合わせのお陰で、自画自賛かもしれないがその作品はとても煌いていた気がする。

  夜は塩月弥栄子先生(櫻井宗養先生御姉上)もお元気なお姿で御出席され、盛大に懇親会が開かれた。


 
 懇親会でのメインテーブル 右から町村前官房長官夫人、一人おいて福田前首相夫人、高村前外務大臣夫人、そして私


  世相は暗いが、「茶」というキーワードは何かの道標なのかもしれない。なぜなら、同じ志であれば、
 人は考えれば互いが理解し合える!天からの声が聞こえるような、初釜とはそのための行事なのかもしれない

***********************************************************

■金沢大学留学生センター研修PROGRAM

2009.01.06


 
 大樋美術館での解説
 

  毎年30人以上の金沢大学の留学生が茶道や金沢の歴史を通じて、作陶するというこのPROGRAM。今回で10回目となる。
 
  13:20。 34人の留学生が大樋美術館に到着。館内で歴代の作品を解説。
 そして講義室で「茶道」「金沢工芸の歴史」を英語でレクチャーした。
 茶室「芳土庵」に移動、茶道のデモンストレーションを通して茶を皆が喫する。
 学生は正座が苦手だが、あえて体験してもらうのが私の方針だ。
 
 茶会が終わった時、自己紹介してもらった。
 中国、台湾、韓国、タイ、ミャンマー、イギリス、スコットランド、アイルランド、フランス、ドイツ、フィンランド、ロシア、
 アメリカなど覚えきれないくらい世界各国からの留学生達だ。
 
 
 茶室「芳土庵」にて世界各国の金沢大学留学生達
 
 
 来週から制作や焼成、そして六月、出来上がった作品を石川県交流サロンで展示する。
 その後、それぞれが想い出としてその作品とともに帰国する。彼らはそれぞれの国々でのエリートだ。
 きっと自らが制作した作品によって金沢での時間を思い出すだろう。
 そのようなお手伝いができること、私はとても誇りにしている。
 
***********************************************************

■平成21年の誓い

2009.01.01
 
 

 
 BUENOS AIRES,ARGENTINA,大聖堂(Catedal Metropolitana)
 以前訪れたアルゼンチンの大聖堂を自らが撮影
 
 
 マニフェストは政治家だけのものだろうか?
 目標を定めることで自らを高める必要を感じる
 平成21年、自らのマニフェスト
 ハードルは高いほうがいい。とても実現不可能なくらいの。
 夢をもつことも大切だ。
 しかし、理想ではいかない現実もそこに存在する。
 では、どうすればいいのだろうか?
 
 夢は語らない。心に常に内蔵しておく。
 主観と客観のバランス、西田幾多郎先生のように。
 自我を主張せず、謙虚にいよう。
 以前、コロラドで感動したように
 夏に旅に出ようと思う。
 それが今年の日展の出品作となるはずだ。
 「光」「大地」
 おそらくこれが作品のインスピレーション
 
 裏千家始祖、仙叟居士と初代長左衛門が眠る、金沢・月心寺
 住職とともに、新年の瞬間を得度している私は参禅する。
 何年経っただろうか?
 慣習を知る事で古典が観得てくる。
 また新年がやって来た。
 
 このブログを多くの方々から読んでいると伺う。
 心の整理にもなっており、正直にもなれる。
 今年も正直に心を現していきたいと思う。